その時ちょうど授業のチャイムが鳴り、まもなくして担任の伊藤愛理先生が入ってきた。一時限目が伊藤先生の担当する国語だった。
先生と生徒との朝の挨拶を交わし終わると、エリはすっと立ち上がった。
「伊藤先生、これを見てください。干からびたモグラだと思うんです。これが木村さんの靴箱に入れられていたんです。いくら何でもひどすぎです。こんなことが続くようだと困ります。木村さんはショックで気持ちが悪くなって保健室に行きました。ミミズの次がモグラだなんてひどすぎます」
エリが伊藤先生に訴えながら、手に持ったティッシュを持ち上げて少し広げて死骸を見えるようにかざした。
「まあ、なんてことを。恐ろしい。誰がこんなことをしたんですか。ミミズに次いでとは、前にミミズのいたずらもあったのですか」
伊藤先生は、(さすがにこれは見過ごすわけにはいかないな)と思った。
男子生徒の誰かの小さな声がする。
「類は友を呼ぶだな。モグラとはな」
何人かの男子生徒がクスクスと笑う。伊藤先生が睨みつけるように見回したので、笑い声はピタッと止まった。
エリは、先生の質問に答えて、三週間ほど前に美恵ちゃんの机の中に干からびたミミズが二匹入れられていたことを説明した。
伊藤先生はちょっと迷っていたが、
「そうね。そのモグラは証拠だから、校長先生にも見てもらった方がいいわね。でも、私は怖くて持てないから、悪いけど、神山さん、そのまま職員室まで持ってきてね。授業が終わるまで事務の先生に預けておきたいの」
と言った。エリは、伊藤先生の後について職員室に向かいながら、
「先生、モグラの黒焼きは土竜霜という漢方薬だということを知っていますか。解毒や腫れ物に効くそうです。ミミズを乾燥させたものは地竜という漢方薬で解熱や解毒に効くんだそうです。こんないたずらをした人は漢方薬に詳しいんでしょうか。それともたまたまなのでしょうか」
そう言うエリを振り返って、
「神山さん、あなたっていろんなことを良く勉強しているのね。お医者さんになれるわね」
と伊藤先生がつぶやいた。伊藤先生はエリの博識に気がまぎれて、いじめのショックが和らいだように感じていた。
職員室で事務の先生にモグラの死骸を渡して、
「このモグラが入っていた木村美恵さんの靴箱を消毒したいんですが、消毒と消臭ができるスプレーはありませんか。あれば借りたいんです。休み時間に綺麗にしておきたいんです。臭わないようにしないと、木村さんは怖がって学校に来られなくなってしまいます」
エリはそう言って、消毒消臭スプレーをもらって教室に戻った。教室には美恵ちゃんも戻っていて、エリがスプレーを掲げてみせると、安心してニッと笑った。