二代目瀬川菊之丞
この年、明和三年(1766年)、二月二十九日。
堺町の初代尾上菊五郎油製造場より火が出た。火は忽ち春の大風にあおられ、中村座、市村座、操り人形座含めて五座が焼け、火は小伝馬町まで焼け広がった。世にいう、「菊五郎油見世火事」である。
当然芝居は休みである。菊之丞の堺町新道の家も焼けた。役者には久しぶりの時間ができた。中村座、市村座とも普請を急いだ。そんな時の話である。
「でもできるか? 同じような色が?」
菊之丞はそう言って、心配そうに松七郎を見た。
「飛ぶ鳥を落とす、瀬川菊之丞ですよ。できないものはなんぞ、ないじゃありませんか!」
「お前、この頃人を喜ばせることができるようになったな」
菊之丞は嬉しそうだった。
「色を売りましょう!」
松七郎はそう言って、菊之丞を見た。
「そうか、色を売るか? しかし、嫌な言葉だな!」
菊之丞は顔を顰めた。
「着物の色ですよ。良いじゃありませんか、路考茶!」
「なんだ、ろ・こ・う・ちゃ?」
「兄さんの色の名前!」
「俺の色か。路考茶か。茶か? うん、若。いい名前だな、路考茶は!」
二代目瀬川菊之丞は、自分の名の付いたものを欲しがった。
そのためには、誰も見たことのない色でなければならない。その時代の美を現した色が必要だった。
「そいじゃ、今の時代の色で、兄さんの色『時分の色で、自分の色』を作りましょう」
「なるほどナ。お前、うめーこと、言うじゃねーか!」
と、菊之丞はご満悦だった。それから、二人は鴨鍋の汁を飲みながら、酒を飲んで、方策を話し合った。