松七郎は大倉屋の小伝馬町の太物屋、長谷川屋を訪ねた。
「染が難しい」
長谷川屋の染師、飯野右衛門浩一が頭を抱えた。
右衛門は腕を組みながら、考え込んだ。
「そんなに難しいので?」
松七郎は不思議そうに聞いた。
「いや、前の色味が良く分からないので」
右衛門が答えた。
「なるほど」
「この前と同じ路考さんの色を作るので御座いますネ?」
小さな顔の背の高い男は答えた。
「左様で」
「それでは、様々な色を染めて浜村屋さんに見てもらいましょう。『これだ』という色が路考茶となります」
長谷川屋の染師、右衛門は江戸では一番、色に詳しいといわれた男である。
右衛門は、
「確かあの色は、“下は水いろに致して、かりやす濃く煎じて、熱き中へ清置、絞り濡ながら、鉄にてくり込んで、二三返干すべし”と書いてあったな」と呟いた。
「そんなに難しいので」
松七郎は右衛門に尋ねた。
「“鶯というて路考は染めにやり”ともいうナ、何とかなりましょう」
右衛門は答えた。