(四)
人を引き込む魅惑の力、極楽異能力者、綾瀬蘭子(あやせらんこ)三一歳、料理研究家
綾瀬蘭子が話し出す。
「わたくしの場合、能力と言ってしまって良いものなのかどうか、よく分からないのですが、よく起こることがございます。男性の方たちからとてもやさしくしていただけることです」
何だ、そんなことか、そんなものは能力でも何でもないじゃないか、とみんな思ったところ、綾瀬が続けた。
「実は、今でも、五人の殿方から結婚を申し込まれているのでございます」
みんな、驚きが隠せない。
そして、何だ、何だ、本当に何かの能力があるのか? 一体どんな能力だ? とざわめき出した。
「でも、どなたも、わたくしなどにはとてももったいない方ばかりで、申しわけなく思いながら、お断り申し上げております」
そう聞くと、みんな不思議に何となく納得できた。
決してすごい美人というわけではないのだが、確かに、妙に引き付けられるものがある。特別に美人ではない、決して飛び抜けた美人ではないのだが、物腰がやわらかく、声も決して高音でキンキンしたものではなく、とてもやさしく、心地よく響く。そして何より、その立ち姿はやわらかい雰囲気で、服装も清楚で、何となくそばにいるだけで自然に落ち着くことができる。
そんな声と、上品な言葉遣いで綾瀬が続ける。
「わたくしは、今、お料理の教室を開催させていただいております。その生徒さんのうち、九割が男性です。その方たちが、わたくしにとてもやさしくしてくださるもので、ついついわたくしも甘えてしまうのでございます」
男を引き付ける能力。決して、際立って美しいというわけでもない。しかし、男を引き付ける。そのやさしい雰囲気に包まれると、男はそこから逃れられない。忘れられない。本当に、綾瀬に引かれ過ぎて犯罪者になった者もいるのではないか、そう思われるくらい、男を引き付ける魅力がある。その仕草や言葉に引き付けられる。
その上に料理である。男性は胃袋をつかまれると弱い。これはもはや駄目押しともいえる綾瀬の魅力増強要素といえた。いわば、ラーメンに乗ったチャーシューである。そして、綾瀬を知った男性は、もう綾瀬のことを忘れられない、離れられない。蟻地獄にはまった蟻のようなものである。食べられるしか末路はない。
殺されるまで気がつかない。いや、殺されても幸せのまま死んでゆくことになる。そこは極楽なのである。
綾瀬は決してこれを計算してやっているわけでない。しかし、これくらい男性たちからの好意を受ければ、それを利用して財物を要求する女性もままある。結婚をにおわせて金品を要求すれば、正に結婚詐欺になり、全てが計算づくであったことになるのだが、綾瀬はそのようなことは一切しない。それがまた綾瀬の魅力を引き立たせているのかもしれない。
これはもはや、能力というべきものとしか評価できないのである。