だが彼の主張は、プロテスタント側の人たちからは、真逆に映っていた。この紛争の当事者たちは、被害者の家族でもあり、加害者の仲間でもあった。紛争に、正義などない。自分の身内が殺されたからといって、加害者の仲間を殺せば、自分も加害者になる。そうして北アイルランド紛争は、泥沼の様相を呈していたのだった。
だが彼は、まだ二十歳前後の血気盛んな青年だった。紛争当時のことを片時も忘れられなかった。彼が加害者と捉えていたプロテスタントの青年たちと、上手く付き合っていく自信をなくしていき、そのまま大学を中退。その後、複数の企業のカスタマー・サービスセンターで、電話応対をしてきたという。
だが今度は、働いている企業の中でも、プロテスタントの青年たちと協力して仕事をしなくてはならなくなり、心が悶々としていた。私と連絡を取らなくなり、十年経った頃、彼は久しぶりに、机の奥に入れていた、私の手紙を貪るように読み漁った。その時、私の十年前の直筆の手紙に、私の温もりを感じ始め、もう一度私に連絡を取りたくなっていったようだ。
何故か。彼は、私たち国際NGOの活動に、この時興味を持ち始めていたのである。私はたびたび、自身の所属しているNGOの活動を、手紙で彼に紹介していた。しかし若かった彼は、私が言っていることが、机上の空論であるようにしか思えなかったらしい。だが私の真剣な直筆の手紙を見るたびに、その思いが、彼の心の奥深くを突き動かしていったようである。
私はしばらくベルファストの夜空を眺めながら、ついにここに来たのだなと感慨深くなった。ロバートが隣で寝ている。あの手紙を書いていた張本人がすぐ隣にいるのである。あのビデオ通話の画面を通じて会話した本人がすぐそこにいるのである。明日はもっといろいろなことを彼と話そう! そして彼の話を聞こう! 今こそ相互理解をしよう! そう私は決意して眠りについた。