【前回の記事を読む】バスで思わぬスクープ発見!? 戦後六十余年間も秘境白川郷で生き延びたお爺さん…
第一章 二〇〇七年、飛騨支局勤務
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「でも、仕事には苦労しました。だって、世間に出るわけにはいかないし、田んぼと畑があると言っても、二人が食べていく分にも足りないくらい。それで、独学でいろいろな資格を取りました。資格を取っても、自分がそれで仕事をして、あちこち出歩くわけにもいかない。隠れている身ですからね。
で、その資格の名義貸しをして、暮らしを立てました。一級建築士の資格など、ずいぶん役に立ちました」
篠原はすっかり話に聞き入っていて、うっかりすると、いつもの癖で胸ポケットからメモ帳とボールペンを出しそうだった。そして、お爺さんが事もなげに独学で一級建築士の資格を取った、と言うのを聞くと、思わず感嘆の声を上げてしまっていた。
それにしても、アメリカ軍の占領が終わった一九五二年以降ならば、戦犯はもう捕まることはなかったはずなのに、そのままどうして白川郷に隠れ続けたのかと篠原は思った。するとまた、すぐに篠原の心がわかったように、お爺さんは答えてくれた。
「わたしは、世間に出て行くことなど考えてもみませんでした。自分で自分の罪はわかってますから。親兄弟にも一度も連絡していません。わたしは生きていてはいけないんですよ。それでも、一度、子供が出来ました。でも、死産でした。罰です」
篠原は生意気にも、
「戦争のせいですよ。あなた個人の罪じゃない」
思わず言っていた。お爺さんは困った顔をして、ちょっと間をおいて、また話し始めた。
「自分のしたことは、自分が一番わかっていますから。もっともっと厳しい罰が下っても仕方ない。あの世できっと受けるでしょう。それにしても、戦争もないこんな平和な毎日でも、誰でも、とんでもない罪を背負ってしまうことはあると思うんですよ。どうして自分がそんなことをしてしまったのか、どうしてそんな貧乏くじを引いてしまったのか。
でも仕方ないんです。それが運命だから。そして運命だってわかってくると、自分がこうして生きていられることが、どんなにいろいろな人のお助けによるものか、気が付いてくるものですよ。
わたしは、白川郷の人たちに、助けられました。死ぬべきわたしが、白川郷の中だけでは、生かしてもらえた。白川郷は、菩薩様の国ですよ。まだ、その意味をあなたは気が付いてないと思うが。ありがたい村です。もっとも、わたしと結婚するはめになった家内は、どう思っているか、わからんのですが」
そこまで話したのと、バスが終点の一つ前の停留場に止まったのと同時だった。