結核に罹る。小学3年生になる春。貝塚、山の上の療養所に入ることになる。
養母は不憫に思ったのか珍しく私の手をしっかりと握りしめる。
まるで西宮の山で見たあの頃の木々が、桜に変わっただけの高台への一本道。朝と夕とのちがいだけ。
朝の明るい陽光に照らされ人気も無い道は、まるで涙のつぶの様な花びらをハラハラと私達にふりそそいだ。
その時も、二人だけの道だった。
青い空に白い雲、只、それだけ。
桜の散る様はなぜあんなに美しく淋しいのか……この時の私の思いは夕日を見た時とは違う、つないでいる手はずっとお別れだから、の様な儚さだった。
そしてそれはのちのち証しとなってしまうのだが。
桜
桜、哀しき哉、
桜咲くは春 出逢いよりも別れ多き春
朝にひらく桜 一日の刻と きを人のなぐさめと咲き誇り、
ハラハラと音も無く乱れ散る
寂しき人にはいと寂しさ増し、うらうらの春は哀しき哉
桜、嬉しき哉
桜咲くは春 咲くを待ちときめく人の幸せつのる春
朝にひらき 爛漫の色をなし今ぞ今ぞとふりそそぐ、
嬉しき人にはいと嬉しさ増し、うらうらの春はただ楽しき哉
幾つの春をおぼえても いつか嬉しき春をいや増せ 私が往く先は