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熊岡愛瞳の住むマンションは、庵欄駅(あんらんえき)から15分ほどの、駅前の商店街を抜けた、住宅街の一画にあった。大学が近いこともあり、商店街にある店は、質より量を重視しているような店が多く、大人がゆっくり酒を飲むような店はあまりない。
「女性の一人暮らしの家に、男の刑事が二人っていうのも、少し考えたほうがよかったか。まあ、今更ではあるけど」
「ここまで来てしまったら、しかたないですね。行儀よくしてくださいよ?」
「それが上司に言う言葉か……」
開け放たれた手動の扉を通り過ぎ、エントランスで部屋番号306を押す。
「はい」
インターホン越しに、女性の声が聞こえた。
「山城警察署の谷山です。電話でお伝えした三輪葵さんの件で……」
「今開けます……」
少し待っていると、自動ドアが開いた。中に入り、階段で三階まで上り、ドアの横にあるインターホンを押す。
「……」
そのまま少し待っていると、ドアが外に開かれ、中から若い女性が顔を出した。
少し茶色がかった髪を後ろで束ね、目は少しキツめだが、パッチリとした二重まぶたで、右目の外側にホクロがあり、少し厚めの唇からは、情の深さが感じられる。おそらく、仕事はバリバリこなし、厳し目に見られがちだが、実は優しいタイプだろうと、伏見は推測した。
「こんにちは。私は、山城署の刑事、谷山です。こっちは、私の上司の伏見です」
「こんにちは、熊岡さん。ご協力、感謝します」
「どうぞ……」
二人が取り出した警察手帳を、しばらく見つめたあと、愛瞳はスリッパを出して、家の中に入るように促した。
「失礼します」
6畳ほどのリビングに通され、ソファに腰掛ける。愛瞳は、テーブルを挟んで向かいに座ると、黙って二人のほうに顔を向けた。口角は上がっているが、表情は硬い。親友を思い、早く見つけ出してほしいと叫びたいのと、冷静でなければならないという思いが、せめぎ合っているように見える。
「ご友人の三輪葵さんと最後にやり取りをしたのは、2日前の夜で間違いないですね?」
相手の反応を慎重に見ながら、谷山は言った。
「はい……」
「時間は何時頃か分かりますか?」
「22:00頃です……葵からメッセージが届いてるのに気づいて、それから10分ぐらい、やり取りをしました」
「どんなやり取りをしたんですか?」
「葵の転職が決まったから、お祝いしようって……葵は、大学を卒業してからずっと、ブラック企業で働いてて、やっとそこから抜け出せるはずだったのに……」
「なるほど、つまり、自分から行方不明になるような理由はない、ということですね」
「はい……一昨日のやり取り以前も、仕事の悩みを聴くことはあったけど、行方不明なんて……もし何かあったとしても、私には必ず連絡をくれる。今までもそうだった。だから、きっと何か……」
「分かりました。私達も、いろいろな可能性を考えて、全力で捜査にあたっています。もし何か分かれば、捜査に差し支えない範囲でお知らせしますから」
「はい、お願いします……」
「何か気づいたことがあったり、思い出したことがあったら、連絡をください。私でも伏見でも、どちらでも構いません」
谷山は、名刺を差し出しながら言った。
「はい、分かりました。この携帯の番号にかければいいんですかね……」
「はい。出られなくても、折り返しますので」