土手を下りて、川原に出ると、辺りは真っ暗で、どこまでが川原でどこからが川なのか、はっきりと見分けられなかった。すべてが闇のようにも見えたけど、濃厚な水の匂いと水の音がしていて、そこに川があることは明らかだった。
咲希は足元の悪い川原を、下駄でよろよろと歩いていた。そして、怖い、と言った。転びそうだわ。それで、圭太は汗ばんだ手で、咲希の手を握った。暗闇が圭太に勇気をくれていた。
咲希は、暗がりの中で急に手を握られ、少し驚いていたが、嫌がらずに手を握り返してきた。川が近づいて来ると、黒々とした水面の所々に、橋の上の街灯の明かりが映っていて、光りながらゆらゆらと揺れているのが見えた。
水のそばまで来ると、圭太はしゃがみこんで金魚を川に放した。暗くて、泳いでいく金魚の姿は見えなかったけど、チャプンと水が跳ねる音がした。
「どうして金魚を川に逃がしたの?」と咲希が聞いた。
圭太は川を見つめてこう答えた。
「金魚に友達ができればいいなと思って。ここなら、たくさんの魚がいるから、一人ぼっちじゃなくなるだろう? 魚だって生きてれば、死ぬこととか、悲しいこともあるだろうけど、一人ぼっちじゃなかったら、乗り越えられると思うよ」
川辺にしゃがみこんでいる咲希が、隣にいる圭太に顔を向けた。圭太には、そんな咲希の様子が暗闇の中でうっすら見えた。咲希はじっと圭太を見つめて、話を聞いていた。