「それやったら、興奮剤なんかに使えるんと違うんか、おっちゃん。俺らには全然不要やけど、即効性の精力剤とかけっこう売れると思うで」
「あほ。そんなもんやないわ。これはな、正真正銘の筋力増強効果があるんや。それも半端なもんやないで。兄ちゃんら、やっとる競技は何や」
「バレーボールやけど」
「ああ、バレーかいな。兄ちゃんたちの齢やったら、ミュンヘンの金メダルは覚えとらへんな。あれから日本のバレーは世界で勝てなくなるばっかりやのう」
「詳しいやんけ、おっちゃん」
相国寺は倉元とのやり取りを楽しんでいるようである。
「バレーやったら……そやな、兄ちゃんたちの若さと基礎体力なら、例えばジャンプ力が十センチは伸びるやろな」
「十センチ? そんなあほな」
「嘘やあらへん。陸上のトップ選手が百メートル走ったら、たぶん自己記録とは一秒近く違うで。世界記録更新はあっという間やろ」
「おっちゃんの言うのがほんまやったら、そら確かに大発明やないかい。ドーピング以外の使い方もなんぼでも考えられるはずや。なんで鴨川の河原で酔うてすっ転ぶような生活してんねん。おかしいやろ、おっちゃん」
相国寺の指摘に、倉元は心の底から楽しそうな笑いを浮かべた。いや、自嘲が行き着いた笑いなのかも知れない。
「作り方がわからへんのじゃ」
「はぁ? 自分で作ったんやろ」
「そうなんやが、これができたのはまったくの偶然や。わしの研究室……ぼろアパートの四畳半やが、そこで宿酔いの薬でも作れんか思うていろいろやっとった時に、酔うとったさけ、間違うていろんな材料混ぜてしもうてな。温度管理やら何やら製造条件も滅茶苦茶になってしもて、わけがわからんなった」
「なんでそれがすごいドーピング効果があるってわかったんや」
「何ができたかわからんけど、とりあえず動物実験してみたんじゃ。未練……いや、まあ言うなれば天の啓示やな。ところが、これが物すごい効果や。モルモットも、ハツカネズミも、まるで別の生き物みたいになりよった」
「……んなあほな話があるかい。おっちゃん、若者かつぐならもうちょっとホントらしい話にしいや」
「信じるか信じへんかは兄ちゃんの勝手や。わしは、こらどえらいもんできてしもた思て、改めて作ってみようとした。材料はわかっとるさけな。でも、どないしても出けへん。そらな、調合量も製造環境もいい加減やったからな、正味な話、どないしたらええんか見当がつかへんのや。そうこうしてるうちに、残りはこの瓶一本分になってしもたいうことや」
「ひと昔前のマンガやなあ、言うてることが」
「ああ、手塚治虫とか、そういうマッドサイエンティストがよう出てきてたよな。おっちゃん、そういう役、よう似合うで」