ファンタズマ

「真ちゃん? 突然どうした?」怪訝そうに俺を見ていた人物の一人が、俺に声を掛けて来た。

今さらですが、俺の名は佐野真治。しかし、この容姿から俺は〈ゴリさん〉と呼ばれていて〈真ちゃん〉と呼ぶ友人知人は今はいないはず。

まぁ確かに、彫りの深い顔立ちなのだが、決してゴリラみたいな顔だからではない。と俺は思っている。身長百七十五センチで、筋肉質な体形だから〈ゴリさん〉なのだと、ニックネームについては自分なりの解釈をしている。

声がする方を見ると、そこには懐かしい顔があった。

「山……根さん?」

俺に声を掛けて来たのは、二十年ほど前に同じ職場で仕事をしていた、当時の上司で課長の山根さんと思しき人である。

「真ちゃん、大丈夫か? ケダモノのような叫び声だったけど?」

山根さんは、信じられないものにでも遭遇してしまったかのような顔で、警戒するような仕草で俺の方を窺っている。

「腰が抜けるかと思ったよ」と続けて声がした。

その声の主は『岸……さん?』

やはり当時の、同じ職場の、三つ年上の先輩である。

「え? ああ……、大丈夫です」と言いながらも、自分の置かれている状況が全く理解出来ず、頭の中は大混乱になっている。

『なぜ? どうして? 二十年ほど前に一緒に働いていた、山根さんや岸さんがここに?』

『いやいや、そもそもなぜ俺は、二十年ほど前に働いていた職場に居るの?』

「真ちゃん、あの叫び声といい、その極度に深刻そうな顔といい、何か人には言えないような悩みでもあるのか?」

山根さんが心配そうに俺に話しかける。

「ああ、いえ、特にそんな悩みは無いんですが……」と言いながら、改めてマジマジと見た山根さんの顔は、二十年ほど前の、当時のままだ。山根さんの向こうでキョトンとした顔をしている岸さんの顔も、これまた二十年ほど前のままだ。

「残念だけど、金の相談には乗ってやれないんだよなぁ」と言う岸さんの声は聞こえていたが、それどころではない。

『これって、恐ろしく手の込んだドッキリか? しかし、芸能人でもない俺に、何でこんな手の込んだ悪戯を? いやまてよ、最近は芸能人でなくてもドッキリのターゲットに選ばれちゃうみたいだけど、よりにもよってなんで俺?』などと俺は思考を巡らせた。

すると、その様子を見ていた山根さんが「最近は徹夜での作業も多かったから、だいぶ疲れているみたいだね。昨日も帰りが遅かったし、今日はもう帰ってゆっくり休んだ方がいいな」と提案してくれた。