二.ふ化場実習

三里と原田、川北と安達が、網場で鳥類標識調査をしていた朝、すぐ北隣のサケふ化実習場では、大騒ぎが起きていた。

「おい! 稚魚が死んでるぞ!」

水産科三年で水産クラブ副会長の川原は、目の前の惨状にうろたえた。昨日まで元気に養魚槽を遊泳していた稚魚たちが、今朝は、生気なく水面に浮かんでいた。

「……」

同じく水産科四年で水産クラブ会長の大河は、声にならない声でうめいた。顔は怒気を帯びている。

「とっ、とにかく、橋本先生と井畑先生を呼ぶべ!」

水産科三年で水産クラブ書記の出丸は、表面だけは落ち着いた様子を見せながらも、スマホを操作する手は震えていた。

「どうした! 何が起きた!」

出丸から呼び出された水産科教員の橋本は、養魚槽の惨状を見て、すべてを理解した。

「原因究明の生理解剖だ! 死んだ稚魚をサンプリングしろ!」

橋本の指示で、大河、川原、出丸はたも網で、死んでしまった稚魚を、いくつか採取した。一緒に到着した水産科実習助手の井畑は、水質計の記録を備え付けのパソコンで確認している。養魚槽の水は、ニシベツ川から取水(しゅすい)して、かけ流している。何かあれば、水質計に記録が残るはずだ。

「どうですか。井畑先生」

橋本もパソコンをのぞき込んだ。サンプリングを終えた大河、川原、出丸もパソコンの周りに集まった。

「水温は一〇℃程度。問題ない」

pHに異常はない」

pH(水素イオン濃度指数)とは酸性、中性、アルカリ性の指標である。異常がない、ということはほぼ中性、数字で言えば七付近である。

「しかし、午前二時頃から四時にかけて、電気伝導度が二倍になってる。○・二(mS/cm)だ」

電気伝導度とは、水の電気の通りやすさである。電気伝導度が高いほど水は汚れていることを意味している。この土地で水を汚す原因は限られている。

「そして同じ時刻、酸素濃度が下がっている。でも死ぬほどじゃない」

「つまり、ニシベツ川の水が、汚れて酸素が低い状態だったということか……」

橋本がうなるようにつぶやいた。

「濁りはどうです?」との橋本の問いに、

「濁りはほとんどない」と井畑は答える。

「決定的な事は分からないな」

橋本はつぶやいた。

少し考えた後、橋本は、大河、川原、出丸に呼びかけた。

「死んだ稚魚を生理解剖しよう。何かあるはずだ」