「子供の頃から、ピアノの音とハーレーのエンジン音のことをいつも考えていて、その二つが出す音がずっと好きだったんだ」
「もう一つあるわよね?」
彼女は尋ねた。ヒョンソクはなんだろうと思い、彼女を見た。
「ヘグムよ!」
彼女は声を大きくして言った。彼はきまり悪そうな笑みを見せた。
「そう、そうだね。ヘグムの音はいいよ。だけど僕は、ヘグムは必ずしも韓国の伝統音楽だけを演奏しなければならない楽器ではないと思っているんだ。西洋音楽を演奏してもすごくいい音を奏でる。まさに魔法だ」
「試したことがあるの?」
彼女は楽しそうに声を上げた。
「うん。何度もあるよ」
「ほんとうに?すごい、ヘグムで西洋音楽を弾くなんて!」
彼女は、壁に立てかけてあるヘグムのほうを見た。
「お願い、弾いてみて。ぜひ聴いてみたいわ」
ヒョンソクは、ヨンミのレパートリーの中で、彼女のお気に入りの演奏曲はなんだろうと考えた。それから彼女に、特に聴いてみたい曲があるか尋ねた。
「ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)の〈アイ・ウィル・ウェイト・フォー・ユー(I Will Wait for You)〔フランスのミュージカル『シェルブールの雨傘(The Umbrellas of Cherbourg, 1964)』の中の一曲〕」彼女は答えた。
「きみはピアノを弾いて。僕はヘグムで主旋律を弾く」
彼女は、この二つの楽器が一緒になると、どのような音を奏でるのだろうと思いながら疑いの念と期待を込めた目で彼を見た。
ヨンミが最初に弾きだした。それから彼女はヒョンソクに弾き始めるようにサインを送った。演奏が始まったばかりなのにも関わらず、その旋律が完璧にこの曲の情緒と調和していることを彼女は理解した。彼女は唐突に演奏をやめて、ヒョンソクを見た。ヒョンソクが問いかけた。
「どうしてやめたの?」
「ヘグムの音色の素晴らしさにすっかり魅了されて……とっても素敵」
ヒョンソクは嬉しそうに、これをボサノヴァのリズムに変えてみようと提案した。ヨンミは、ヘグムがそんなに速く弾ける楽器だとは、そしてピアノとよく調和する楽器だとは考えられなかった。しかしすぐに自分の考えが間違っていたとわかった。彼女がボサノヴァのリズムを弾き始めた途端、ヒョンソクは主旋律とともに、やすやすと合流してきた。
二人はその夜、素晴らしい時間をともに過ごした。音楽を作り出し、幸せで満ち足りた気分だった。演奏を終えると、彼らは笑みを交わした。ヒョンソクは汗をかいていた……彼はステレオプレーヤーのほうへ歩いていき、スタン・ゲッツの〈バランコ・ノ・サンバ〉のレコードをかけた。ヒョンソクは曲が始まると自然と立ち上がり、一心にサンバを踊った。彼女の前で踊ることはまったく恥ずかしくないと、彼は思った。