中学生活開始

二 バレーボール部入部

翌朝、エリは、七時十分前に体育館に入った。そこでは既に八割ほどの先輩部員がそれぞれに相手を見つけてトスの練習をやっていた。一年生たちも五、六人いたが、ボールに触って良いものやら分からず、固まって先輩たちのトスの様子を見守っていた。

七時二分前に先輩たちは自主トレーニングを止めて、山本キャプテンの周りに集まった。山本キャプテンが、「集合」と声を掛けて、一年生を手招きし、

「授業の準備があるので、朝練には沢井監督は見えません。朝は自分たちで決めたメニューで練習します。今日は、パスの基本練習です。一年生は二人一組になってオーバーハンドパスの練習をします。三年生は一年生について指導してください。二年生は、一人一年生の相手に回って、後の二年生はいつも通りにパス練習をしてください。では、はじめ」と言い渡した。

エリは、可憐ちゃんと組になってパスの練習を始めたが、全くの素人ではボールを上げることが出来ない。先輩たちのように指先で柔らかくはじき返すことが出来ない。どうかすると、手のひらでバシッと打ち返すような打ち方になってしまう。

「はいそこ、えっと、エリさんだったね。掌で打ち上げるのは禁止よ。ドリブルを取られやすいからね。最初から上手に上げようとしても無理だから、基本練習をした方がいいわね。まず、両手を広げておでこの上に三角形を作ってみなさい。こういう風に」

先輩が見本を示す。エリも可憐ちゃんも真似してオーバーハンドパスの恰好をする。

「その形から、ボールを掴んで投げる練習をするのがいいのよ。試合でそれをやるとホールディングをとられるからやってはいけないけれど、ボールを弾く感覚をつけるのと、指や腕の筋肉を鍛えるのに良い練習になるのよ。

ちょっとボールを貸して。ほら、こういう風に持ってから肘を一気に伸ばして両方の指全体を使って前方に飛ばすの。構えた時に膝も少し曲げておいて、投げる時に曲げていた膝も一緒に伸ばすようにすると遠くに飛ばせるの。身体全体を使って飛ばすイメージでね。今日のところは、その練習だけで十分ですから」

先輩はそう言うと、エリにボールを手渡した。

ホールディングからのパス練習も非常にきつい。止まっている球を遠くに飛ばすには、それだけ素早く手を伸ばさなければならない。エリが、背の高い可憐ちゃんの頭上まで飛ばすには身体全体を使って勢いをつけなければならないのである。八時までの一時間の初日の朝練は、エリにとって疲労困憊となってしまった。

その週、エリには同じ練習が課せられた。木曜日放課後に、沢井監督が練習を見に来て、エリと可憐ちゃんの身長差があまりにあるので、ペアを変えた方が良いということになり、エリは二番目に背の低い堤真凛ちゃんと組んで練習することになった。それでも、真凛ちゃんの身長は一メートル六十二センチあり、エリとの二十センチの差はエリがボールを飛ばす上での大きなハンディであった。

金曜日の帰宅後、エリは、上腕がパンパンに張って箸もろくに持てない有様で、ご飯を食べるのにスプーンを使わなければならなかった。

「エリちゃん、スプーンで食べるのは保育園以来ね。そんなんでバレーボール部が続くの? 小学校でも運動なんかほとんどしていなかったのに、どういう心境になったの。急に無茶するとどこか痛めるわよ」

母の春子が心配してくれた。