松野はなおも食い下がった。

「あのオンライン追悼会の面々の中に斉田さんの死に関わるような怪しい者がいるということですか?」

「怪しいかどうかは今後の捜査に掛かっています」

「故人の息子の斎藤晃もその中の一人ですか?」

刑事は首をかしげて言った。

「僕は彼が父親を殺したとは思っていない。だが父親を良く思っていなかったことは分かった。あなたは彼の表情に気付きませんでしたか? あの中でただ一人最初からピリピリと神経を尖らせていたのを。私が事故死以外もあり得ると言った時にも表情がサッと変わりましたよ。

あの息子は何か隠している。あなたには借りがあるから追悼会で言わなかったことを教えましょう。

防犯カメラを分析して分かったんだが斉田さんの妻は問題の夜、八時半ごろに夫のマンションを訪れた。一時間ほどしてマンションから出たところをエレベーターの横に取り付けてある防犯カメラと一階入り口のカメラと両方に写っている。ところが来た時は何ともなかったのが帰る時には顔をスカーフで覆っていて怪我をしているようだった」

「その人が斉田さんの妻だとどうして分かったんですか?」

「残された遺品の中に家族写真があった。夫婦が若い時のものだと思うが面差(おもざ)しは間違いなく斉田さんの妻だ。練馬の駅で事故に遭って怪我したというのは嘘ですよ。駅の記録にもなかった」

「息子はなぜ嘘をついたのか?」

刑事は首を振った。「分かりません。あの息子は他にも何か隠しているがそれがなんなのかは分からない」

「マンションに残っていた斉田氏の家財道具はどうしたんですか?」

「家族がすぐに千葉の家に引き取ったそうです。何しろべらぼうな家賃のマンションですからね。白状しますが我々は家財の全てを検証していません。斉田氏はあのマンションに引っ越してまだ日が浅く、大変な物持ちでしたから自分でも持て余して引っ越し荷物のまま一室に段ボールをうず高く積み上げている状態だった。それらを(くま)なく調べるのはあの時点では無理な相談だった。家族も協力的ではなかったですしね」

「部屋に残された指紋はどうでしたか?」

「ベランダの手すりには複数の指紋が残っていたが不鮮明ではっきりしません。一応故人と関わりがあったと思われる人物の指紋と突き合わせている最中です」

「防犯カメラの映像を見せてもらえますか?」

刑事は部外者には見せられないと言った。更に刑事が何か隠していると感じた人物は斎藤晃以外に誰かと聞いたが、それも捜査上の秘密事項で言えないと言った。今のところ松野が刑事から引き出せることはぎりぎりここまでらしい。

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