【前回の記事を読む】「そこはアメリカなの?」初の渡米、見知らぬ土地での学校生活は……
二 アメリカでの生活
こうして一ヶ月半が過ぎ、ここでの予定のプログラムが終わった。
「もっといてもらってもいいんだよ。」
と先生たちに言ってもらったが、
「これは、社交辞令かもしれない。」
と日本人独特の解釈をして、
「次の場所に行きたい。」
と告げてしまった。それを聞くと、校長先生は、後日、同じ牧師仲間のやっている学校を紹介してくれた。
「ありがたい。」
「そこに行きたい。」
と喜んでその提案に乗った。
校長先生が紹介してくれた次の場所は、オハイオ州のシンシナティの小学校だった。やはりカトリック系の学校だった。
そこへは、「グレイハウンド」というアメリカ全土を網羅するバス会社の路線を使っての「ひとり旅」だった。
アメリカに来る前に、地元で「国際運転免許証」というものを取得していたが、なんとなく一人で車を運転する自信がなかったので、バスでの旅を選んだ。それは、大きなスーツケースを常に片手に転がし、リュックを背負っての「ひとり旅」だった。
五月下旬の少し寒い朝、「グレイハウンドバス」に乗り込み、「もう二度と会わないだろうな」と少し寂しい気持ちのまま、お世話になった校長先生に見送られ、手を振って、リトルロックを後にした。
バスは、最初にテネシー州メンフィスに止まった。ここでは、食事と休憩の時間しかなかった。この街には、「エルヴィス・プレスリー」の家があることと、ここで「マーティン・ルーサー・キング牧師」が暗殺されたことを知った。この二人については、あまりよく知っているわけではなかったが、「キング牧師」については、自分が生まれた年にこの近くのモーテルの二階バルコニーで凶弾に倒れたことを知識として覚えておこうと思った。
バスは、再び出発した。夕日に映えるミシシッピー川を見て、
「なんてばかでかい川なんだ。」と思った。
「これは、川ではなく、海だ。」と思った。「トム・ソーヤの冒険」に出てきそうな雰囲気のある川だった。