第一章 アオキ村の少女・サヤ
喋るたびに紫の額巻きがかすかに揺れた。背後のサヤに指示を仰ぎつつも同時にエリサ達を威圧しようとしている。露出した肩の発達ぶりから、並ならぬ闘気。構えるのは木剣とはいえ、あの体躯で繰り出される威力はおそろしいものを想像する。切迫した空気のなかでゆったりとサヤは口を開いた。
「一杯の水で村の平和が守れるなら、これより嬉しいことはありません」
少年の肩越しに見える少女は少しだけ笑みを浮かべている。
「だけどサヤ様! どこの者と知れない奴らを村に入れるのは危険です!」
「そうだ、こいつら嘘ついていて本当は賊に違いない。つけ込ませると寝首をかかれる!」
「なんならいっそこの場で」
若い男の悲鳴。
「ちょっと何するんですか⁉ 離してください、エリサちゃんお助けえっ」
「ゲイツ!」
振り返ると大勢にゲイツが羽交い締めにされ首に刃物を当てられていた。彼はぐしゃぐしゃな顔で抵抗するが村人の怒号がそれをかき消す。ついに組み押さえられたゲイツの喉へ刃が鈍く光を放つ。あぁ―エリサは思った―ここも同じか。
「おやめなさい」
ぴしゃりと雷が落ちたようだった。大気を裂くような鋭い声が喧騒を斬り払う。サヤだった。
「この方々に手出しは無用です。アオキ村に害なす気色は見られません。そう、空が言っています」
「空が?」
村人はどよめく。エリサには彼女の言っていることが分からなかった。
「今しがた私は空読の儀を終えてきました。見知らぬ人訪われん、それが今日の告げです」
「……サヤ様の空読にそんな項目あったっけか?」
「あるのです」
誰かの言葉をサヤは即座に返した。
「それに」
前に進み出ると、エリサの剣を小さな手で地面から抜き取った。
「この方達は武器を差し出している。話を聞くだけでもしてあげましょう」
剣の重さでふらつくサヤを背高い少年が支える。その少年は言った。
「サヤ様はこう申しておられる。みんなはどうだ」
村人は姿勢を改めた。
「……お告げがそう仰るんなら、仕方ねえ」
「朋然ノ巫女様のお言葉は信じねば。さあ赤髪の兄さんを離してやれ」
「助かった……あー、死ぬかと思った」
解放されたゲイツの声にはどこか白々しい響きがあったが気にせず身柄の無事を確かめると再びエリサは見た。この村で最も尊い存在を。