そんな会話中にもなかなか抜かりがないなと感心したことがある。私がお手洗いに席を立とうとすると、今誰かが入っているからとタイミングを教えてくれたり、近くの席に座っていた男女のカップルのうち、男性が女性のことを「お前」と呼んだことに反応して、「俺はあんなに偉そうな態度を取るやつは嫌いだ」と言い出したり、店内全体を把握していることに驚いた。
その視野の広さと気配りに少し嫉妬するとともに、前よりも彼に惹かれていることは否定しようもなかった。特に帰り際、彼に言われた一言が大きかった。
「三回目でこんなに仲よくなれるなんて。また会えたらいいな」
次を約束されたみたいな言い方に嬉しくなって頷こうとして、私はハッと彼を見た。三回目?? 彼は私の心の内を見透かすように悪戯っぽく笑う。
「海上保安部でぼーっと歩いていたでしょ?」
うそ……パーティーでぶつかったときのことを覚えてくれていたんだ。驚きと嬉しさでいっぱいの私は、少し上ずった声で「どうして覚えているんですか?」と聞くが、「秘密」とあっさりかわされてしまう。
「ええー!」
「スミレちゃんのお仕事を教えてくれたら、教えてあげる」
「だから薬剤師ですって」
「でも、薬局勤務ではないんでしょ?」
「それはそうですけど……」
「気になるなー」
そう、ごめん、私にも秘密があるの。
「こんな綺麗な顔をした子、そうそういないから忘れるわけないよ」
私は自分の隠し事に少し胸を痛めていたため、ショウタのつぶやきが聞こえなかった。聞き返しても、もちろん教えてくれない。そして、
「ごめん、電車の時間があるから。スミレちゃんも気を付けてな」
と言うなり、駅に向かって歩き始めていた。人の心をたくさん揺さぶっておいて自分はさらりと去っていく彼を、私は呆然と見つめていた。