【前回の記事を読む】作品集「黒い花Ⅱ」より三作品

さびしき男女

雨が絶え間なく降っていた

あの(ひと)は言った「雨の日に会うのって

本当に初めてなのね、この一年間」

車の中はハイフェッツの奏でる

チャイコフスキー、バイオリン協奏曲の世界

もうしばらくは会うまいと決めていた

あの(ひと)と情けなくももう会っている

自分にはどうも制御できぬ心

車の外は雨の中なるも見事な秋

紅葉の奏でる華やかなる世界

一陣の風にさそわれて枯葉が散る

「ああ、きれい、素敵だなあ」とあの(ひと)が言う

「ここは平地より寒いんだ」と私。

さみしき男女を乗せて走る車

雨にうたれて心を反映する落葉

山のふもとの湖の、あの、いつもの

白いレストランへと入って

ワイン「ロゼ」を飲むのが

あの(ひと)と私のならい

会うまいと私が想ったことを知らないあの(ひと)とのならい

山中(さんちゅう)の寒い美術館に入って

詩集の挿絵などを見るのは

あの(ひと)の心に寄り添うようで

それと知ってか、あの(ひと)は人目を盗んで

ツと私にキスをする、気まぐれに ──

雨の中の帰り道、車を止めて「本格的に

キスをしよう」と言えばあの(ひと)

「あなたの返してくれる本はどれ?」

などとはぐらかして、突然

夜中に店をしめて帰る女のさびしさ等を話し出す

「 ワニ皮模様服の女 」 ─ 油彩、F10 ─