船出
27階建てのタワーマンションの中層階に私の部屋はある。自分の持ち家に住むことが私の若い頃からの夢であったが、理想の住まいに辿り着くまで何度もマンションを買っては売り、遂に長年欲しかったこの物件を手に入れた。ここからは大阪の街が一望出来る。「あれがハスカス、右側がなにわドーム、ユニオンランドはあの辺」と彼に説明する。
今日のために部屋は念入りに掃除した。ラベンダーのアロマを微かに漂わせ、BGMは究極の癒しのピアノ曲を流していた。
「いい部屋だね、綺麗にしているし、落ち着くなぁ」
彼はリクライニングソファーに座り、居心地よさそうにくつろいでいた。約束していた癒しのハンドマッサージをすると大変喜んでくれた。1LDKの狭い部屋、ベッドルームの方をちらっと見て、「ベッド狭いなぁ、まぁ重なって寝たらいいからね」と親父ギャグを言った。多分言うだろうと思っていた。私も同じギャグを考えていたから可笑しくなった。
一時間ちょっとの間、彼の思い出話を聴いていた。私も話したいことが頭をよぎったが、何から話せばいいか分からなかった。今度は話す内容を箇条書きにしておこうと思った矢先だった。「それじゃあ」と彼がソファーから席を立った時、軽やかに私の肩を抱いた。とても自然だった。こんな愛おしいハグは初めてだ。思わず私は両手を彼の腰に回して力を込めた。そして、短いキスを交わした。
もしかして今日は【2】になるかも、と期待より不安な気持ちが大きかったので、少しホッとした感じだった。彼はプロセスを重んじてくれたのか、それとも彼も心配していたのか、ただ二人とも次回逢う時はきっと抱き合うことを確信していた。
〈件名〉お礼
地下鉄に乗りました。今日はありがとうございました。ことりの言う理由【1】でたかるとしたら、ビールと肴代くらいかな。あっ、それからシャワーとティシュくらいかな(笑)。
〈件名〉Re :お礼
こちらこそ有難うございました。何かしら、徹也さんと居ると自然になれます。乙女の気持ちに戻った感じ。ビールや肴代くらい貢ぎますよ。
〈件名〉R :
同じ! そうなんだ。今日ことりと話をしていて思ったんだけど、ことりの前だと自分が明るい人間になっているのに気づいたんだ。この前に逢った時も俺って明るく喋ってるって感じて、今日も同じように感じたんだ。大人が言葉を選んで喋るのではなく、少年が無邪気に今日あったことを母親に報告するかのように、そんな感じかな。