午前四時に二人を乗せた客船は、十八時間をかけて航行を終え、松の木に覆われた小山にぐるりを囲まれているプサンの港にいかりを降ろした。夜遅くにも関わらず港にはいくつもの明かりが灯っていた。
弘はハングル語で宿と遅くまで開けている店を尋ねた。市場の片付けをしていたおばさんは大きな声で教えてくれる。
「日本人だね。この先の山手の道を渡って右へ行けば私の店がある。朝までやってるから来なさいよ。宿は部屋が空いているから安くしておくよ。日本人にはお世話になったことがあってね。見かけたところ夫婦みたいだし……身寄りが近くにあれば別だけど」弘はこの国の気性を知っている。
「お世話になります。では先に向かいますね」
「ああ行っといで。私もすぐ帰るから」
おばさんは間なしに帰ってきた。夜の十一時だ。よく働く人だなぁ。聞けば主人と娘さん、近所のおばさんの四人で回しているらしい。近所のおばさんは上がっていて娘さんはもう休んでいる。と話していると気の弱そうな主人がお品書きを持ってきてくれた。水と一緒に。
「アニョハセヨー」弘が挨拶をする。
「アニョハセヨ」小さな声で答えて奥へ入っていった。
「ダンナは恥ずかしがり屋なの。お腹空いているでしょ。早くこしらえするからお任せでいいかい?」
「ええ、そうしてください。それとマッコリください」
「ハイヨ!」おでん、太刀魚とサバの焼き物、みそ汁に五種類のキムチや和え物。
「こんなに沢山の……」とすずは驚いていた。
「こっちはこれくらいが普通なんだ。残してもいいからできるだけ箸をつけなさい」
「ハイ」
おばさんは隣のテーブルに自分の食事を用意して一緒に食べるつもりだ。
「みんなで食べると美味しいから私もここでいただくよ」
「どうぞ、どうぞ。このマッコリ美味しいです。おでんも……」
「そうかい、沢山食べて、沢山呑んでおくれよ。疲れているなら聞かないが話でもしてくれないかね」