前編

十六時、郭が黒い大きな車で店に到着。

『帰りはタクシーを使うからここまでだ』と言って運転手を帰し、一人で店に入って来た。主人のホンギが郭を迎えて弘を紹介した。

「あなたが武君のお父様ですか。そしてお母様のすずさんですね」と流暢な日本語で話す。少し驚いた二人は、丁寧にお辞儀をしてから

「郭さん、本当にお世話になって心より感謝しております。言葉もありません」と弘。

「私には言い訳すら許されません。あなた様が日本にみえなかったらと思うと、今でも心が潰れてしまいそうです。ありがとうございました」

と細い声ですずが続く。

「お二人とも何をおっしゃいますか。助けられたのは私のほうです。本来なら漂着した私は護身のために何をしでかしていたか分かりません。キク様の取り計らいがあったればこそ、密かに帰国の準備ができたのです。もちろん安治さんや村の方々の助けも大きかったと思います。

何より、こうやってお二人でプサンへ来られたことを一番喜んでいるのは、武君に違いありません。今朝、知人から連絡をいただいたので、ユジンさんにもお二人のことを話してあります。今夜は私と語って、明日彼女たちと合流することにしませんか?」

「本当に何から何までお心遣いありがとうございます。すずと私は武にどれだけの酷い仕打ちをしたのかと思うと……。これも母親です。より後悔は強いと思います」

と、弘はすずに目をくれた。

「あの子は本当に強く生きてくれたのですね。郭さん、私は後悔の日々を送ってまいりました。今でもそれは変わることはありませんが、こうして事実を一つ一つ確かめることができて、武に謝り、心から彼を抱き締めてやりたいと思います」

「ご主人、食事を取りながら語ろうと思う。準備をお願いするよ。お父様よろしいでしょう?」

「郭さん、ありがとう。そうしましょう。武のことを私とすずに沢山話してやってください」

彼らは日付けが変わるまで長いこと話し続けた。郭は自分で語りながら、それがつい最近のことのように。椋木夫婦は泣いたり笑ったり、郭の語りがゆりかごのように心地良く感じていたのだった。