「えー、僕わからなくなってきた。お父様のお父様は二人いるの?」
浜から吹き来る風が心地良い。一昨日の大雨が嘘のように、海上の空は青々として所々には小さな白い雲が綿帽子のように浮かんでいる。その様子を見ながら少し変わった家族たちが、店のテラス側の部屋を貸し切って宴を開いていた。
「そうよ、サンマン。いい? こちらがあなたも知っている郭おじさん。武さんの韓国のお父様よ。そしてこちらが日本からみえた武さんのお父様とお母様。サンマンのおじい様とおばあ様ョ。わかった?」
とユジン。
「サンマンどうかね。理解できただろうか?」
弘はニッコリしておじいさんになっている。
「ウーンと、じゃ、元おじいちゃんは?」
「いい質問ね。元おじいちゃんは、こちらの日本の弘おじいさんのお父様なの」
「うーん。ママ、後で絵にして。おじいちゃんが多すぎて分からなくなる」
「サンマンさん、みんな親類なのよ。よろしくね」
と、すずは弘に言って伝えてもらった。
「おばあちゃん。ヨロシクお願いします」
すずは泣き笑い、サンマンが心配そうに見る。
「お母様」
突然ユジンは席を立ち、すずの前に出て両手を差し伸べた。すずは立ち上がり、しっかりとその手を握った。お互いの視線は重なり合い、二人の涙は雪解けの小川のように優しく流れていった。
ユジンは思う。『事情があったにせよ、引き離された武さんとお母様。お互いがどんなに求め合ったか想像はつく。武さんは本当に強い人だったんだ。私で良かったのかしら。そしてお母様は控えめで美しく優しい方。私なんか足元にも及ばない。ずっと武さんとお母様と暮らしてみたかった』と。
すずはすずで『この貴女は綺麗だわ。武は幸福だったのね。知的な濃いめの眉毛に、筋の通った鼻、芯のある口元。武は残念だったでしょう。息子のサンマンちゃんのためにも、ユジンさんに出来る限りのことはしなくちゃ』と心に決めた。
「ユジンさん、明日は母上とお会いして、父上のお墓をお参りしたいのだけど?」
とすずが言うと
「ありがとうございます。母も喜んで参ります。それと郭おじさん、よろしければ全員で武さんの墓前に行きたいのですが?」
「もちろんだとも。弘さん、すずさん、ぜひご一緒させてください」
血は争えない。弘さんは寡黙だが、人懐っこくて大きくガッシリしている。武がそこに居るようだ。この人たちを生きている彼に会わせてあげたかったと、郭は思った。
サンマンは眠ったが、大人たちは長い間語り続け、天上にあった太陽は洋上に沈もうとしている。店を出たそれぞれをプサンの夕日はオレンジ色に染めていた。