序章 三人寄れば地獄行き
一郎は坂道の空き地に自転車を置いて、まっすぐに岬の急な坂道を歩いていった。立待岬に向かう途中には、広い空と青い海が見渡せる、ハマナスの公園がある。
公園を過ぎて五、六分歩く。夏に近いというのに寒いくらいの風。絶壁に打ち寄せる波は強風のため荒々しい。
『花つつじ』は立待岬休憩所であり、つぶ貝焼き・イカ焼きや焼きとうもろこしが絶品という評判だ。特につぶ貝焼きは長い串に三個も付いて五百円。柔らかいのにやさしい出しの味付けが絶品で店の一番のおすすめらしい。
観光地なら八百円は取ってもおかしくないのに、経営者兼店長のじいさんはせっかく函館に来てくださるお客様に恥ずかしいまねはできない、という頑固な年寄りらしい考え方で、儲けよりも函館の評判を高めることを望む。
したがって給料も安いから人も続かず、直也が二年前に求職したときは一発で採用になった。それからは二人で店を切り盛りしているのである。
『花つつじ』に到着した一郎は、店の周囲から邪気が立ち上っているのがわかった。一郎はさっそく店内に入った。十時前なので客はもちろんいないし、店長と直也は仕込みの真っ最中だった。
「やあ一郎悪いな」
直也が言えば店長も、
「わしもここのところ妙な気配を感じる。昨日はわしの背中におぶさったんだぞ。そのときは護国神社の厄除けお守りを出して、背中に押し当てたら離れていったが、こんなやつが大事な店をうろちょろしていたら、いずれ店を続けられなくなるかもしれん。君がお祓いができるというから、藁をもすがる思いで来てもらったんだ。よろしく頼む」
「わかりました、やってみます」
一郎は少し微笑んで言った。
一郎の言葉に直也もほっとした様子だ。一郎はおとなしくて気が弱いタイプなのだが、悪霊に対しては動じることがない。
「一郎の教えてくれた九字法が効かないなんて信じられないが、おまえはまだいろいろな除霊法を持っているから大丈夫だよな」
「たぶん除霊できると思うよ」
一郎はまず、店長と直也の後ろに回り、二人の背中を両手で上から下まで勢いよくなで下ろした。
「うん、まだ取り憑かれてはいないな」
そう言ったあと、不動明王の真言を唱え始めた。
「ノウマク・サンマンダ・バアサラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カンマン」
これを七回繰り返して唱え、そののち、
「ヲンキリキャラハラハラ・フタランパソツ・ソワカ」
と三回唱える。煙のような邪気は店の外へ流れていった。
「もう安心ですよ。この悪霊はもう二度と店に入ってくることはできません。不動明王の真言はそれだけのお力を持っているのです」
「ありがとう、ありがとう」。店長のじいさんは泣きそうな顔をしているし、直也はほっとした顔をしている。