博樹、多枝子から呼び出される?
洗面台の前で、電気カミソリで髭を剃り直す。今日は約束の土曜日だ。グレーのスーツに紫色のネクタイ。まるで面接にでも行くかのような格好だ。お父さんに挨拶に行くのだから、正装じゃないと失礼だと感じていた。
しかし、これといった挨拶をするわけではない。この展開に戸惑っていたが、失礼のない方の選択をした。彼女とのことは成り行き次第。そう決めていたのでこの流れに正面から向き合うことにした。
好きな時間に病室に来てくれとのことだったが、博樹の方から時間を十一時と指定した。到着したのは時間十五分前だ。律儀に病室の前で待っている所を、病室から出てきた多枝子に見つかった。
「お待ちしていました。あら、その格好」
「いや、お父さんに挨拶するのに普段着じゃあ……」
失敗だったかなと、博樹は少し照れた。
「ご挨拶⁉ クスクス。ご挨拶してくださいな! さあどうぞ」
何処となくからかわれている様な気がしたが、別に嫌味ではなく、彼女のリアクションは自然に受け入れられた。少し立ち止まりネクタイを締め直して、背筋を伸ばし部屋に入った。秀夫は起き上がりニコニコ笑顔で出迎えてくれた。
「君が御神君かぁ……。話には聞いていたよ。働きものだってなあ」
「はい、昔は……。いえ、仕事は好きですよ」
真っ直ぐこちらを見る目線は噓を見抜かれている様な気がして少し痛かったが、後には戻れなかった。
「仕事の好きな奴に悪い奴はいないよ。さあ、座りなさい」ベッドの脇に折りたたみ椅子が用意されていた。近くに寄るのは余計緊張するのだが断るわけにもいかず座ることにした。
「失礼します」
「それにしてもその格好。営業の仕事でしたか?」
「いや、これはその……」
返答に困っていたら、話に割って入るように多枝子が動いた。
「お父さん、お花の水替えてきますね。今日は凄く体調が良さそう」
花瓶を持って部屋を出た。