心ここにあらずと言った調子でもぐもぐ頬張る奏空に、不意を突くようにちなみが、
「で、キスの感想は?」
「うっ! ちょ!」
思わず吹き出しそうになった奏空。さすがに女の子、口の中のものは外に出さなかったが、
「き、訊かないでよぉ。思い出すだけで恥ずかしくなるから、んもぉ……」
頬を赤らめて肩を縮めた奏空だが、やがて友達の視線に耐えきれなくなり、
「柔らかかったかも……。二宮くんの髪、甘い匂いがした……。キスのあとはびっくりして怒っちゃったけど、そんなに悪い気は……しないかも。あれが初めてになると思うとやっぱ許せないけどね」
愛称か蔑称か知らないが、一部では“王子様”と評されるルックス。奏空はその呼び名を好意的に捉えており、悪い気はしない─その言葉に偽りはない。
「へえ、まんざらでもなさそうじゃん。二宮くんは嗜好に合わないっぽいのに。だったら奏空の好みのタイプってなんなの? 教えて教えて、もしよければ今度紹介してあげるからさ」
「んー、好みのタイプ? 顔は……平均以上はほしいかな。できればスポーツマン。身近な人でいえば……葉山くんとか?」
玲人との一件の前に接触しかけた同級生の名を、奏空は真っ先に挙げる。
「んで、インテリ系は遠慮しとく。なんか気難しそうだし。ってちなみー、上から目線じゃなーい?」
この彼氏持ちめっ、と奏空は茶目っ気たっぷりに毒づいた。はにかんだように笑うちなみ。
「おお、葉山くんかぁ。ま、トップレベルのスポーツマン同士で気が合いそうだ。二宮くんとは……正反対だよね。ははっ」
「そうそう、正反対」
するとちなみと同じく彼氏持ちのフミが、こんな話題を切り出した。
「そういえば来月は七夕だし、奏空も短冊にお願いしてみれば? 恋人くださいって。あ、七夕に恋人と言ったら……。奏空は─“恋姫伝説”って知ってる?」
「……、恋姫伝説?」
「ここ数年で話題になった都市伝説というか、昔話というか。ちなみは知ってるでしょ?」
「もち。要は恋の成就にまつわるおはなし。ちょいと語らせてもらうね」
「七夕に関係ある昔話?」
「んーとそう。千年前の昔話が今に続いて、てなカンジ? とある娘がいて、その娘は年の近い男と恋仲になったの。だけどイジワルなイジワルな天の神様が現れて─……」
こうしてちなみは恋姫伝説を語ってゆく。物語の続きはこうだ。……─天の神様はあるお告げをする。『男は別の娘と結ばれるのが相応しい』と。
男の両親は神様の言葉を受け入れ、二人の恋仲は当人の意志とは裏腹に引き裂かれてしまう。奇しくもその日は七月七日─七夕の日だった。七夕といえば織姫と彦星が逢うことを許される恋の記念日。そう信じる娘は、このような運命に遭う者は自分が最後という想いで、七夕の日に素敵な恋が成就できるよう、自らへ短冊に願いを記した者の恋を叶えるために尽力する。
そして娘はいつしか恋の神様─“恋姫”と呼ばれるようになっていったのであった。