1章 まやかしの織姫と彦星
玲人は事実を確かめるように唇に触り、奏空ほどではないが頬を染めて、
「今のは事故というか……、その。けど僕だって、初めてなんだ。そんなつもりは全然……。ほんと、たまたまというか……」
肩身が狭そうに視線を落とす。気まずさが共存する声は、偶然だから僕は悪くないと、どこか言い訳がましい態度も匂わせている。
「はあ? キスはキスだもんっ。謝っただけじゃすまされないんだから! てゆーか言い訳女々しすぎじゃない?」
頬を膨らませて腕組みし、プイッとそっぽを向く奏空。そしたら頭を下げかけたはずの玲人もまた態度を翻し、
「いや、だから事故だって言ってるでしょ。僕はキスしたなんて思ってないから。それに言い訳なんかしてない」
爽やかな容貌には似つかわしくない、恨みがましい発言に、奏空はキッ! と逆八の字に眉を曲げて、
「なにその態度! 二宮くんってそんなこと言う人だったの!? ひっどーい!」
「それはこっちのセリフなんだけど。倉科さんならグチグチ言わないだろうと思ってたのに」
「ふん、あたしをよく知りもしないクセに!」
「お互いさまでしょ。まともに会話したことなんてほとんどないし!」
奏空は玲人を、玲人は奏空を睨みつける。そうして和解がないまま、二人は振り返らずに先を行ってしまう。
「なによあいつ!」
「倉科さんが悪いっ」
こうして奏空も、玲人も、今の一件は不運な事故として切り替え日常に戻ろうとする。その様子を見つめる一つの黒い影に気づかないまま─。