【前回の記事を読む】「お母さん、大変だったね。よく頑張ったね」…母の目から涙がこぼれた“園長先生の言葉”
1章 生まれてきたのは、心疾患の赤ちゃん
2
保育園、最後の1年が始まった。1年たったクラスでの生活も慣れて、とっても仲良しな友達もできた。
「ゆいか! あっちにわるものがいるかもしれない!」
「へんしんしよう!」
同じアニメが好きな、私とゆいか。いつも一緒にいると、2人だけの秘密がたくさんできる。保育園に隠れているかもしれない敵の居場所、戦うための魔法、2人にしか見えないキラキラなドレス。手を繋いで、もう片方の手を前に開いて、2人で同じ決め台詞を叫ぶ。ゆいかと私の間には、2人にしか遊ぶことのできない魔法の世界がある。
年長クラスで最も大きな行事は合宿。家族のいない夜は入院で何度も経験したけれど、友達とするお泊まりは初めてだ。夕食に、お風呂に、いつも家でやっている当たり前のことが、みんなと過ごすというだけで特別なものになる。そして、いつも夜に飲んでいる薬を外で飲むのも、初めてだった。
「ごめん、ひめか」
担任の先生が困った顔をして持っているのは、水に溶かれた私の薬。けれどいつもの2倍以上の水で溶かれたそれは、スポイトではなくコップに入っている。
「のめない」
夕食を食べ終わった今の時間、みんなはもう1人の先生とお風呂に入っている。薬がいつものスポイトに入っていれば、苦いのを我慢してすぐに飲んで、みんなのところに向かうのに。
「じゃあひめかちゃん、みんなには秘密で、これと一緒だったら頑張れる?」
いくら見つめても減らない薬とにらめっこを続けている私に、夕食の片づけをしていた給食の先生が何かの入ったコップを持ってきてくれた。
「これなあに?」
「ちょっとだけ味見していいよ」
「……あまい」
コップに入っていたのは、少しの砂糖水。もう一度コップに入った薬を見つめて、それを一気に口に流し込むと、急いでもう一つのコップを口に運ぶ。薬が飲み終わって急いでお風呂に向かうと、みんなは
「ひめかやっときたー!」
「くすりのめた?」
と、いつも通りの空気で迎えてくれた。
次の日、朝の薬をスポイトにいれて、さっと飲み終わった私を先生とみんなは驚いたような顔で見ていた。
「ひめか、きょうははやくのめたの?」
「ううん、きのうがおそかったの」
私にとって2回目であり、保育園最後の運動会は、年長クラスとっておきの見せ場がある。
「今日は赤組の勝ち!」
「やったー!」
練習の時からいつも盛り上がっていた、全員リレー。はだしになって、バトンを受け取って、友達を追い抜くために、そして抜かされないために本気で走る。いつも仲良くしているみんながライバルになるのも、新鮮で楽しい。おにごっこも大好きだけど、チームのみんなで協力し合うリレーはもっと好きになった。みんなと一緒に走れるのは、これが最後だと知らないまま。
「おおきくなったら、ピアニストになりたいです」
将来の夢を一人ずつ発表する順番がきて、背筋を伸ばして宣言する。保育園に毎日通うようになってからも、毎週火曜日は早いお迎えとレッスン。その習慣が、私をピアノの世界へとさらに引き込んでいった。どや顔だったよ、と母は今でも笑う。あたたかい保育園と、24人が仲間のクラス。私はここで、自分らしく頑張る強さを貰った。