「ママ、もう大丈夫よ。私分かったの」

エリは春子に顔を向け、力強いはっきりした声で話した。

(変なことをいう子ね。何が分かったんだろう)。

春子は一瞬疑問が浮かんだが、「私良くなったの」を聞き間違えたのかもしれないなと思って、「良かったわね」と答えると、エリの身体を抱きしめた。エリの身体からは一気に熱が引き、「さあ、もう一度朝まで寝なさい」と言って春子がエリを寝かせると、たちまちぐっすりと寝入った。

翌朝は、エリの食欲も戻り、嘘のように元気になり、昼前に自宅に戻った。そのことがあってから、エリは以前のようにおしゃべりではなくなった。元気ではあるが、落ち着いたしっかりとした子供になった。春子にはエリが精神的に何年も成長したように感じられた。エリは小柄だが健康に育っていき、普通に保育園に通い、近くの小学校に入った。だが、あの熱病の後遺症から顔が引きつるようになり、春子はエリがそのことで将来悩むのではないかと心配していた。

子供たちへのいじめがなくならない。相変わらずいじめ自殺のニュースが毎年続いている。一方で、いじめに負けずに強く生き抜いた若者たちは大人になると強くなり抜きんでた人生を歩んでいる者が多い。他方で、いじめっ子にも同じような苦悩がある。いや、むしろいじめっ子の苦悩の方が根深く陰惨かもしれない。いじめたくなる心の苦悩を克服できなければ、いじめっ子の人生の方がみじめになっていくだろう。

いじめられている子は強く生きていくことの意味に気付いてほしいと願う。いじめている子は自分の心に潜む弱さに気付いてほしいと思う。そして、どちらの子も強く生き抜いて成長して欲しいと思う。自分の心の弱さに負けないで、魂の力強い進化に目覚めて欲しいのだ。

神山エリは、中肉中背の両親に似ず、保育園の頃から小柄で、小学校に入ると太り始め、小学校高学年になる頃にはその容姿を男の子たちからからかわれていた。眼は細長い一重瞼のたれ目で、鼻がやや上向きのいわゆる豚鼻で、しかもはっきり分かるほどの出っ歯である。典型的なブス顔をしていた。

その上、幼少期の病気のせいで笑顔が少し引きつるのである。三重苦とも言える容姿は常にいじめの対象にされてきた。女子中学生になった今、ブス、デブ、チビのいじめられっ子神山エリの本当の人生が始まろうとしていた。