四、妄想

願いごとひとつかぁ。

今まで無責任にいろいろ思いついたけど、いざ真剣に考えると意外と思いつかないな。

なんだか自分で自分が情けなくなる、欲がないのか、僕は。まぁ、だからこの年になっても平社員というわけだ。

もっと単純に考えよう。そう、お金。宝くじ、ロトシックスのキャリーオーバー四億円。結局これになるか? そうなるよな。どんな願いも叶う。

里美がキッチンから純一を呼んだ。夕食の支度ができたらしい。

酒とつまみで腹はふくれたが、今日はそれでも食欲がやまない。

(腹減った、えっ)

「ごめんなさい、買いものする時間がなかったからありあわせで作ったの」

と夫の微かな反応を察し、里美が間髪入れずに言った。

「いや、いいよ。おいしそうだ」

純一は、相槌を打ちながらも、

(ありあわせのカレーかぁ。たしか先週もカレーの日があったよな。それに、豚肉の代わりにソーセージか……まぁ、作ってくれるだけで感謝だなぁ)

「どう?おいしいでしょ。それに粗食がいちばん体にいいんだって。テレビで特集やっていたよ」

里美が言い訳しながら夫の体を気づかったが、純一はそれには答えず、

(まぁ、今に見ていろ、里美さんに楽させてやる。お金が入ったら毎日ステーキだ。しゃぶしゃぶ、海鮮料理もいいな。健康も考えて、隔週で玄米ごはんを食べるか。産地直送のアワビやホタテもいいな。里美さん喜ぶぞ)

と、正面でカレーの味を確かめながら食べる里美の瞳を見て、思わず口元がゆるんだ。

「なによ……気色わるいわね」

怪訝な表情で疑われたので、

「優子はまだ帰ってこないのか」

と話題を無理やり娘のことに移すが、

「なに言ってんのよ、この時間じゃいつも学校から帰って来ないでしょ。ごまかさないでよ」

と内心を見透かされていた。

里美はそれ以上なにも言わず、純一を不思議そうに見つめながらカレーを口に運んでいた。

食事が終わり満腹になってソファに沈み込むと、純一は満足げに膨れた腹を叩きながらチャンネルをNHKに合わせた。

「ただいま。マ!」

優子が明るく学校から帰って来た。

純一は娘を「ちゃん」づけで迎えた。

「だから! その『ちゃん』づけはやめてよ!」

「わかった、わかった」

「そマウザ! もぉ。いくら言っても直らないんだから。だいたいなんで優子なんてありふれた名前にしたのよ。キラキラネームブームだったんでしょ」

「いい名前じゃないか。優しい子、この名前に勝る名前なんてないんだから」

「違うの! せめて今風で『子』じゃない名前にしてほしかったの」

「個性的な名前にしても本人に個性がなくちゃ意味ないからなぁ。名前なんてな、親が子に、こうなってほしいと願いを込めてつけるもんだ」

「……まぁ、いまさら言ってもしょうがないけどね」

と優子は仏頂面で二階へ駆け上がって行った。