「風が気持ちいいね」
「この時季は山風の通り道だ。雨季になるまでいい風がよく吹いてくる」
カズマ、とサヤは呼びかけて聞く。
「風ってどこから吹いてくるんだろう」
「山の向こうからだろ」
考える様子もなくカズマは答えた。
「山の向こうには何があるの」
「また山があるんじゃねえの?」
「じゃあその向こうには?」
カズマは渋い顔を浮かべた。
「知らん。生まれた時からずっとここに住んでんだ、外になにがあるとか考えたこともない」
「ふぅん」
「……いきなりどうしたんだよ、藪から棒に変なことを」
「なんでもないよ。でも私は知りたいんだ、この山の向こうになにがあるのかって」
悪いイメージの話ではない。サヤは喋りながら心が明るくなるのを感じた。それが自分の望む唯一の夢。外で広がる世界にはどんな景色があるのだろう。櫓からの眺めより更に大きなものが待っているだろうか。考えるだけで楽しくなる、そんな夢だった。そう、夢だった。
「カズマ、見てあそこ。誰かいる」
坂道からは途切れがちに村の全体が見えるところがある。サヤを我に返したのはその時だった。集落がはじまる森の端に、見慣れぬ装束をした人影が立っていた。二人いる。この村の住民ではない。すでに数人の村人達が取り囲み、なにかを問いただしているようだ。彼らの身振りから察するに、現地は不穏な空気らしい。
理由はわかる。アオキ村を誰かが訪れるなんて過去に一度もなかったからだ。
「どうする、サヤ」
その光景を隣で目にしたカズマの声は落ち着いていた。サヤはただ頷いて力強く言った。
「行こう」