深川の色
ちょっと間があって
「それじゃ御前様、何ですか? これからは何も考えないで飲んで宜しいってことで?」
彫師の遠藤松五郎が明るい声で聞いた。
「そうさ。さっきの、“わいわい”で何となく皆の感じが一緒になったと思うンだがな」
大倉屋の寮の、女中がまた酒を運んできた。
「さすが殿様だ。こいつぁ有難てぇ」
松五郎は、その太い指で、膳を引き寄せた。
「もう一度言うが、東海屋さんの奉書紙が今までになく、良い紙だと広めるンだ。弘めの摺り物を作るんだ。いいな、他に何かあるかな?」
巨川は皆を見回した。
「へい。十分分かりやした」
松五郎が皆の気分を代表して、張りのある声で答えた。
(随分、簡単だな)
と松七郎は思った。
それから暫くして、
「馳走になったナ。私は帰らなければ」
と、巨川は立ち上がって、皆の顔を見た。
「皆さんお先に。武家は窮屈なもんでな」
大久保甚四郎忠舒は柔やかに皆に挨拶して、部屋を出た。
長い渡り廊下を、巨川を先導しながら、松七郎は
「船頭への心付けは済んでおりますので、お気遣いのないように」
と小声で告げた。
巨川は黙って頷いて、松七郎に続いた。
門の前はすぐ掘割である。