「次は、職人を選ぶことじゃ」
「はい」
「職人の技を見抜いていなければ駄目だ。お主がじゃ! 良いな! 春信の描く線は、優しくて美しい。線が伸び伸びして、張りがある。松五郎の彫は線が力強い。幸枝は空摺や決め出しなど、技をたくさん持っているとナ。的に合った職人を選ぶのじゃ」
巨川は声に力を込めた。
「分かりました」
松七郎は大久保の目を見て答えた。
「絵暦には、特に文案はないから、絵師と彫師、摺り師がいれば良い。そして、これが大事なところだが、兎に角、一番忙しい職人を選べ」
「そんな!」
松七郎は目を見開いた。
「何故忙しいかわかるか?」
「いえ」
松七郎は首を振った。
「何故忙しい? 奴らは腕がいいからさ。だから仕事が集まる。そうすれば、良い仕事が選べる。そしてどんどん腕が上がる。ここが肝要だ。良いな」
「はい」
「次は納めの日時だ。いつまでに欲しいかをきちんと伝えろ。職人に物を頼むこととは、そういうことなのじゃ」
「はい」
「それからな、仕事を始める前に、今日のように皆と飯を食いながら話せ。職人は、いつも、一人の仕事じゃ」
「はい」
「職人は、独り善がりになりがちだ。最後まで一人で作る仕事はそれで良いンじゃが、摺り物のように、皆で拵える物は、心を合わせなければならない。だからな、皆で飯を食え。酒を飲め。皆が、一体になれれば、良い物ができるはずじゃ。それが今日の宴会の眼目だ。良いな」
「分かりました」
「だからな、私がこの、深川の別荘を指定したのは、意味があってのことだ」
「有難う御座いました。良く分かりました」
松七郎は丁寧に頭を下げた。