旗本の知恵
「そして最後は金じゃ。これが難しい。職人を集める前に職人がいくらくらい取るかを、周りに聞いておく。それに少し色を付ける」
「どのくらいで?」
巨川はふうーとため息をついてから答えた。
「まあ、気分でいい。一割増しだナ」
「なぜ一割増しで御座いましょう?」
「分からんな。どう言えば良いか」
ちょっと沈黙があった。
「しいて言えば、勘じゃ。私の」
「勘ですかァ~」
松七郎は少し軽蔑して言った。
「お主は勘を馬鹿にしているな。それが心得違いじゃ」
巨川は静かに言った。
「心得違いで御座いますか?」
「おい、若。勘という字はどう書く?」
松七郎は巨川の目を見ながら右手の人差指を動かした。
「左側は何と読む」
「はなはだしい」
「それじゃ右は」
「力で御座います」
「そう、甚だしい力と書くな」
「はい」
「新しい物を作る。今までにない物を作る。まだ見ぬ世界だ。これから作る世界だ。未来に立ち向かうのは、その、勘しかないンだ!」
巨川の細い目が松七郎をじっと見つめた。
「甚だしい力、勘というものは人の力の中で一番大事な力じゃ。今までにない物を拵えるには勘だ、勘を磨け。そのためには頭の中が汗をかくくらい、甚だしく考えることだ。良いな」
巨川は赤い顔をして松七郎を見た。
(頭の中に汗をかく? 甚だしく考える力か?)
松七郎は天井を見ながら大久保の言ったことを反芻した。