奄美の海を満喫しこのリゾートを離れタクシーで空港に向かった。車内には与論島慕情が流れており、二人で小さな声で歌う。空港には2時30分に到着。段々と残された時間は少なくなってきた。もうここまで来ると後戻りは出来ないが、飛行機の欠航があって欲しいと思ってしまう。しかし残念ながら天気、機材とも問題なさそうで、出発口への案内は淡々と行われている。
受付カウンターで玲子は、「あやまる岬が見える席をお願いします」と予約し、荷物を預けてロビーに向かいその後に私が従う。ここで私が、「玲子さんお元気で暮らしてください」と声を掛けると「山田さんはもう過去のことにしようとしているんですね。玲子と呼んでください。せめてこの空港を離れるまでは」と言い、自分の心の底を読まれているように思い自分を恥じた。この言葉で気を取り直した。
「玲子。本当にありがとう。心を柔らかくしてくれて」
「私も心が温かくなって、許すことが少しは出来るようになったと思う」
「これからもここで得たことを大事にして実践しようと、今は素直にそう思ってる」
玲子は小さく頷く。
「今後のことは分からないけど、玲子以上に好きになる人は出てこないように思う」
思っていることを素直に告げると玲子も、「真、ありがとう。私もそう思う」と、当然というように返す。お互い、今以上関係を進める気持ちはないと思われたが、この会話が成立。
これ以上、会話は続かなかったが、やがて空港のアナウンスで東京行きの搭乗が始まったことが告げられた。ここで私は、玲子に大島紬センターで買ったお気に入りの小さな蛇(三)味線を渡そうとした。
まさにその時、玲子は突然、私の胸に飛び込んで来た。不意に抱きついて来て、胸の中で小さく泣き始めた。想定外の出来事に戸惑ったが、次の瞬間には強く抱きしめ返していた。玲子の胸の厚みを感じ、その体温の温かさが私の体に伝わる。思わず強く抱きしめ、それを緩めた時、今度は玲子が抱き返してきた。
長い時間そのままでいたように感じられたが、これも思い違いかもしれず実際のところは分からない。冷静に判断する余裕はなかった。私が再度強く抱きしめ3回目の力を腕に入れ緩めた瞬間に、玲子も腕を緩めて、腕の中からするりと抜けると小さなメモを渡し、身を翻して搭乗口に消えた。
そして振り返り声には出さずに何かを言った。口元の様子から『どうするの』と言っているように見えたが確認する術はない。玲子の目には涙があった。再度、振り向き搭乗口に消えた。私の手には渡しそびれた蛇味線とメモが残された。