1章 まやかしの織姫と彦星

六月の上旬、某日。

梅雨を迎え始める今日この頃、校庭に生える桜の木々は鮮やかな緑の葉を枝に茂らせる。校舎からは賑々しい声が漏れ、グラウンドでは制服姿ながらもキャッチボールで身体を動かす男子たち。それはどの高校の昼休みにもありそうな風景だ。

「あっつー、じめじめすんなー」

二年の女子生徒、倉科(くらしな)奏空(そら)はクラスメイトと昼食をすませ、バスケットボールの自主練のために体育館へと向かう。今日は偶数週の木曜日だから放課後の部活がなくその分も……、というほどではないにしても、退屈な授業で凝り固まった筋肉をほぐすことに期待を覚えて。

(ふう、六月になって一週間か。そりゃ暑くなるわ)

天から注ぐ陽射しは日に日に強まる。首筋にかかる黒髪や、その髪にあしらうシルバーの髪飾りが熱を帯びていた。少し歩いただけで身体も汗ばむ。体育館へ近道ができるゆえに校庭へと出たものの、この湿気ある暑さにルートの選択を後悔した奏空。ぱっちり大きな二重まぶたの瞳に垂れる汗を、奏空は白い夏服の袖で拭った。ラフにボタンを外した胸元をつまみ、こもった熱を上品さの欠片もなくパタパタと逃し、

(着替えを持っていってくれた後輩ちゃんたちに感謝しなきゃ。手ぶらで助かるよ、ほんと)

自主練に向かう奏空の手に荷物はない。部の後輩たちがわざわざ教室を訪れ、代わりに持っていってくれたからだ。

(ほんと、後輩に恵まれたな。部活のときは死に物狂いでレギュラーを狙ってくるけど)

明日はそんなかわいい後輩を含めた部活仲間と、お昼を食べようと思う。

「おっと、ごめんなさい。……って、葉山(はやま)くん?」

死角から現れた短髪の男子生徒と接触しかける。男子バスケ部で同級生の葉山だ。

「お、倉科じゃん。これから自主練?」

「うん。インターハイも決まったし、少しでも練習しとこうかなって」

「おう、がんばれよ!」

葉山へ気さくに手を振り、先をゆく奏空。一方の葉山は彼女に後ろ髪を引かれるよう目で追うが、奏空はそんな視線に気づかないまま午後の授業を憂いていた。