賢治は、いつの頃からか芸者の姐さんたちがお座敷などから持ち帰るマッチ箱に興味を持ち始めた。
料理屋、料亭、カフェーなどの飲食店は勿論、市内にある商店街の鞄屋、時計屋、洋服店などが宣伝用に配っている小型のマッチ箱には色刷りの図案で絵や文字が書かれていて、見ていて飽きることのない美しさだった。
「ねえ、このマッチ箱ボクにくれる?」
「いいけど、何に使うの、危ないことしちゃだめよ」
花太郎姐さんは既に「一本」の芸者で、今はまだ花富久から出ているが、看板分けすれば置屋が持てる立場なので通いの芸者だった。
家に居るのは三人の姐さんたちで、母が二階に部屋を待ち、賢治は物心付く頃から幼いうちは他の住み込みの姐さんの部屋で暮らしていた。毎朝寝床から出ると、昨夜のお座敷が引けて帰ってきてからお座敷着を脱いで、まだ畳んでない着物や帯の間にあるマッチ箱探しが始まるのである。
どの姐さんも、煙草を吸うお客さんのためにお座敷ではいつも帯の間にマッチを挟んでいるのだが、花奴姐さんは自分でも煙草を吸うため、煙草入れにマッチも入れているらしく、姐さんの着物からの宝探しの収穫はなかった。賢治の宝探しに最初は怪訝な顔をしていた姐さんたちも、まだ寝足りない時間の賢治の宝探しがマッチ箱探しだと気付いて協力してくれるようになった。
「賢ちゃん、朝からゴソゴソ私たちの着物をあさるのはやめなさい、そんなに珍しいマッチ箱が欲しければ私たちも集めてあげるわ」
「そうよ、夜帰ってきてから、ろくに片付けもしないで寝ちゃってダラシナイって、おかあさんから口喧しく言われているんだから」
花喜久姐さんの尻馬に乗って、まだ半玉で一番年下の梅花ちゃんが口をとがらせてお門違いの文句を言った。
それからというもの、朝の宝探しをしなくても、色々珍しいマッチが手に入るようになったのだが、あの、宝探しの時に感じた何ともいえない白粉と体臭が混じったような甘い佳い香りが味わえなくなってしまったことに、賢治は少しがっかりした。