訪問者
京子はいつもの電車に揺られていた。また、彼女の一日が始まった。そして大学の研究室で黙々と自分の仕事をこなしていた。そしてまた気がつくと、お昼になっていた。
彼女は、天気の良い日は数少ない研究室の女友達と、大学の中庭でお弁当を食べることにしていた。季節は冬ではあったが、風もなく比較的暖かかったこの日も、中庭のベンチで女友達と下らないお喋りをしながら、お弁当を食べていた。
「だから、ホントに世間の人たちはどうやって、理想の相手に出会うのかな?って。不思議でしょうがないのよ!」
京子は母、真輝子の手作りの玉子焼きを頬張りながら、真面目な顔で友達に語った。
「この前なんか、服部教授に独り言聞かれちゃってさぁ! だって、いつの間にか、私の真後ろにいるんだもん! お前は忍者か!って。完全に気配消してたもん! 戦国時代とかだったら、絶対殺されてるね! 先祖は忍者に違いないよ(笑)」
「名字がハットリだけに! アハハッ。でも、絶対聞かれてるね、それ」
女友達も、京子に同情するように言った。
「でしょー!」
京子は、母、真輝子手作りの、特大おにぎりを頬張りながら、大きく頷いていた。
上空には、雲一つない晴天だった。中庭には京子たちの他にも、たくさんの学生たちが行き交い穏やかな時間が流れていた。
京子は弁当を食べ終え、そろそろ、昼休みも終わろうとしていた。京子たちがそれぞれの研究室へ戻ろうとしたそのときだった、京子は突然声をかけられた。しかもその声はそれまで聞き覚えのないものだった。
「利根川京子君……だね」
京子はその声のするほうへ、振り返った。
「はっ、はい?」
京子は少し驚いた。そこには、スラリとした高身長で肩幅があり、グレーのスーツにベージュのトレンチコート、そして洒落たフェルト帽をかぶったダンディーなアフリカ系男性が一人、京子から少し離れたところにポツンと立っていたのだから。
その初対面の男は、笑みを浮かべながら、もう一度彼女に尋ねた。
「君が、利根川京子君だね」
「はい……」
その男は、京子だと確認すると、ゆっくりと彼女のほうへと歩いてきた。そして、そばまで来ると、おもむろにお洒落な帽子をとり、そして、にこやかな笑顔で挨拶をした。彼女は、ちょっと警戒しつつ、その男の顔を横目で見た。その男性は、白髪交じりの短髪で、顔には深い皺が刻まれていた。