出発
京子には、実感がなかった。宇宙船を目の前にしてもまだ……。
その宇宙船の純白のボディが、太陽の陽射しを反射してとても眩しかった。京子がこれから乗り込む宇宙船は、ちょうど、大きなマンタにコバンザメが張りついているようなそんな外見をしていた。彼女は、それを可愛く感じていたし、お気に入りでもあった。
この宇宙船は通常のロケットと異なり、地上から高度(地上約15キロメートル)まで親機が本体を運び、そこで親機から本体を切り離し、そこから宇宙へは本体のエンジンに切り替えて、自力で飛行するタイプのものだった。
飛行場には、マスコミやこのプロジェクトの関係者、家族、友人など彼女たちの出発を一目見ようと大勢の人たちが押し寄せていた。ヘルメットや宇宙服はかなり軽量化され、華奢な彼女にとっても快適であった。京子は、宇宙船につけられたタラップを上り始めていた。
そして宇宙船の入り口の前まで来ると、彼女は、突然振り返り、展望デッキに集まった、大勢の人たちに向け、小さく飛び跳ねながら、大きく手を振って最後の挨拶をした。
空港に集まった、大勢の人たちを目の当たりにした彼女は、込み上げてくるものを我慢できなくなっていた。しかし、それをなんとか堪えつつ、もう一度、家族や友人たちへ向け、力一杯手を振ると、船内へと乗り込んだ。
乗組員全員が宇宙船に乗り込むと、展望デッキに集まった人たちがひと際湧いた。
「きょーこー!!」
「おねぇーちゃーん!!!」
彼女の父【弘】と2歳違いの妹【結子】が、展望デッキから彼女の名前を叫んでいた。そして、両親に、真に輝く子になるように、と名づけられた母、【真輝子】は感極まり、ハンカチで両目を押さえていた。彼女に抱えられた愛犬のチワワの【ちぃちゃん】も、潤んだ瞳で祈るように、彼女の出発を見守っていた……ように見えた。
京子は席に着くと、これでもか! というほどきつくシートベルトを締めていた。すると、それまで特別緊張など感じていなかった彼女に、突然、言いようのない不安が襲ってきた。当然と言えば当然である。これから彼女は、外国へ旅行に行くのではない、宇宙へ行くのだから……。
次第に京子は、ヘルメットや宇宙服に息苦しさを感じるようになっていた。さらに、冷たく重い塊にお腹を押さえつけられているような、妙な不快感まで感じるようになっていた。京子は、自分を落ち着かせようと、何度か大きく深呼吸をし、胸の前で手を組むと、そっと目を閉じ、静かに神様にこのフライトの安全を祈った。普段は、特別信仰心などない彼女であったが……。