出発を待つエンジンの音が、船内に響くなか、乗組員たちの準備は着々と進められていた。不意に船内にアナウンスが流れた。
「いや~諸君。調子はどうだね?」
その声に、船内に大きな歓声が湧いた。その低く落ち着いた声は、京子にも聞き覚えのあるものだった。彼女は祈るのをやめ、そっと目を開けその声に耳を傾けた。
「ハハハハハッ! みんな問題なさそうだな。本日は天候にも恵まれた、絶好の打ち上げ日和だ。みんなの活躍を期待してるヨ。あっ、そうそう、京子は今回が初めてだったな。
京子! どうだね気分は?」
「はっ、はい。ダイジョウブです」
笑顔でそう答えたが、事実とは異なっていた。依然、彼女のお腹の重苦しさに変化はなかった。
「ハハハッ。そうか! 京子、なにも心配することはないよ」
その声は、京子の心中を見透かしているようだった。
「いいかね、京子、この宇宙船をそこいらの飛行機と一緒にしてもらっては困るヨ。今、君が乗っているその宇宙船はね、今現在、考えうる最高の素材と最先端の技術の粋を駆使して、造られているんだ! その宇宙船1機で、その辺に飛んでる飛行機が何十機と買えてしまうんだからな! 金額を聞いたら君も目ん玉飛び出るゾ!
まぁ、ロールスロイスにフェラーリのF1のエンジンを積んだのが、空を飛んでいるようなものだと思ってもらって構わんよ。ハハハッ!」
京子にとってこの説明は、少なくともこれで5回目であった。
「まぁ、ちょっと海外へ旅行にでも行くようなもんだヨ。君も飛行機で海外とかよく行くだろ? いや~京子! 君は実にラッキーだな。こんな高価な宇宙船で、宇宙へ行けるんだからね。君の家族や仲間たちも、さぞ羨ましがってることだろう! ワハハハハハッ!」
その声の主は出発を直前に迎え、上機嫌そのものといった感じだった。
「海外は、行ったことないですけどね。飛行機苦手なんで……」
不意に、京子がポツリと言った。
「……」
一瞬、船内が静寂に包まれた。
「これは、いったいどういうことかね? 私は彼女についてそんな報告は、一切受けておらんぞ? 私が受け取った報告書に、そんな情報はなかったはずだがね! 責任者はいるかな?」
なにやら揉めているのが、スピーカー越しに京子にもわかった。
「それとも、この私が、報告書の内容を見落としたとでも言うのかね? ん? どうなんだね? 今日、この打ち上げが終わったら、緊急ミーティングを行う。晩飯には間に合わないと、そう、カミさんには伝えておくんだな。いいな! 今日は徹夜になりそうだな……」
マイクは全ての会話を拾っていた。