お菓子の家の魔女

ヘンゼルとグレーテルは、なぜ魔女に「殺され」そうになったのか。人食い魔女なら、賞味期限があって雨に弱いお菓子の家を作ってまで森の奥で子供を待たなくても、魔法でいくらでも子供を誘拐できたのではないか。お菓子の家は、だってこんなに手間がかかる。

「やだ、結愛(ゆあ)先生っておとぎ話にツッコミ入れるタイプなんですね!」

どっと華やいだ女性の笑い声が起きた。どこを見渡しても、その場にいるのは全て女性だ。

女性らの手元には、赤や緑のアイシングがなされたクッキーを壁にした、お菓子の家ができつつある。

「だって、ねえ、大人になってからあの話を聞くと、皆さんそう思いません?」

顔を赤らめながらお菓子の家の屋根にするチョコレート菓子を手早く取り付けているのは、このお菓子教室の講師の城山(しろやま)結愛(ゆあ)だ。ここは、デパートの中にある大手のカルチャースクールである。プロのパティシエを目指す生徒より、気分転換の趣味として習う生徒が多い。

大手のスクールでは珍しいことに、ここは講師の結愛の意向で、生徒は女性限定とされている。

「結愛先生って、童顔だから『人が住めるような大きなお菓子の家を作って中から食べたーい』なんて言う方が似合いますよぉ!」

からかう生徒は、結愛より少しだけ年上の外科医だ。

年下の生徒も、年上の生徒も、皆が結愛を慕い、心から楽しそうに手を動かす。

「魔女は人を主食にしていたから、お菓子の家を作っても食べなかったんじゃないですか」

「そんな、味見もしないでヘンゼルたちにお菓子を食べさせようとするなんて、菓子研究家として見過ごせません!」

生徒の言葉に真剣に返す結愛に、また「先生ってマジメすぎ」と笑いの波が広がる。