残念ながら俺は噓つきだよ
晴天なのに、乱気流だった。
いや、乱気流と呼ぶには地味な揺れであったが、それでもこの男の罪の意識を震え上がらせるには十分な飛行機の揺れであった。
「揺れても安全に支障はございません」
緊迫感のないように振る舞う機長の声は、多くの乗客を安堵させたが、この男だけは嘘だと疑っていた。しかし、そんな男の予想に反してJAL453便は、徳島阿波おどり空港に無事に着陸した。
「変な名前の空港だな」
吐き捨てるようにつぶやき、空港に震える足で降り立った男の顔には、生気がなかった。
男の名は、高梨隆一。40歳の独身の外科医である。出身は東京都で、徳島に来る機会はほぼない。しかし、彼は今、無理に休みを取ってまで、朝一番の便で徳島に来ていた。
「ようもんてきたなあ。揺れたんちゃうん」
高梨の傍を、別の搭乗客を迎えに来た家族の阿波弁が通り過ぎる。
「相変わらず変な言葉だ」
高梨はつい口に出してしまい、驚いて振り向く人々の刺すような視線を感じると、さすがにまずいと思ったのか、足早にロビーを横切り、空港前で待機中のタクシーに乗り込んだ。
「眉山の近くの、東新町商店街入り口まで」
高梨はぶっきらぼうに行き先を告げたが、恵比須顔の綺麗な白髪のタクシー運転手は、嬉々として話しかけてきた。
「お客さん、東京から来たんですか。新町やったら、駅前行くバスに乗って行く人も多いのに、乗ってくれてほんまに嬉しいです」
運転手は、どこまでが阿波弁か共通語か分からない口調でどんどん話しかける。
高梨は生返事で適当に応じていたが、一つの話に急に飛びついた。
「うちには息子がいまして、城東高校っていう高校に通っとったんですよ。今年で37歳やけん、もう20年近く前ですけどねえ」
「ひょっとして、同級生に池添麻里那っていませんでしたか? ほら、色の白い、茶色い髪と瞳の、東京の医学部に進学した……」
一気にまくしたててから、高梨は冷静さを欠いた自分が恥ずかしくなり、うつむいてすでに締めているシートベルトをガチャガチャといじった。
「ああ、うちの息子のクラスメイトにいましたねえ。うちの息子が、いっつも池添さんには模試の成績で負けるって悔しがっとったけん、いまだに覚えてます」
運転手は高梨の狼狽を気に留めず、颯爽と市民病院前を通過した。
「ここのフランス料理のレストランは、東京からわざわざ食べに来る人もおるって聞きましたよ。人形の家って言うんです」
市民病院を過ぎてすぐ、蔦が見事に絡まった建物が現れた。まるで、そこだけが切り取られて貼り付けられた、異国のようであった。
「ええ、そう聞いたことがあります」
高梨は、心の中で「池添麻里那から」と付け加えた。麻里那は、一度でいいからここで男性と食事してみたい、と言っていた。その時、高梨は、「一人で食いに行けばいいじゃん」と答えたはずだ。麻里那は、「一緒に行こう」と言いたかったのではないか。分かっていて、高梨はこれをいなした。麻里那は、「でも素敵な店は一人で行くともったいないです」と苦笑していた。