「お客さん、池添さんを知っとんですか?」

不意に、運転手の話が人形の家から池添麻里那に戻った。高梨は、声楽家のようだと噂される自慢の低音の声を不器用に裏返し、

「あ、ああ、後輩なんです。病院の」

と、変に甲高い声でしゃべった。目も泳ぎ、ミラー越しに運転手に顔を見られたくないあまり、またも不自然にシートベルトを音を立てていじった。

「ほお、お客さんも医者なんやね。うちの息子も医者にしたかったけど、池添さんほど勉強できんけん言うて、早々に諦めてしもて」

運転手は、麻里那と高梨の関係を先輩と後輩以上のものかなどと無粋な質問はしてこなかった。しかし、それがかえって見透かされているような気がして、

「息子さんは、池添さんのこと好きだったのでしょうかね。ほら、ご家族にそんなに話題に出しているところをみると」

と、普段の高梨ならしないような下世話な質問をした。体温が上がるのを止められない。

「まさかあ」

運転手は件の城東高校前で、ここがその高校ね、校舎は息子の時代とは建て替わっとるけど、と付け足したような説明をしながら、派手にぐわっと右折した。

「進学クラスのライバルですよ。塾も同じで、異性として全く意識していませんでしたよ」

その答えにほっとするような、異性として見られないという答えに苛立つような、複雑な感情で高梨の呼吸はわずかに乱れた。