【前回の記事を読む】【ちょっと不思議なショートストーリー】変な名前の空港だな…
残念ながら俺は噓つきだよ
高梨と麻里那は、麻里那が研修医時代に病院で出会った。医局で遅くまで残り、仕事がなくても勉強し、よく新人医師である高梨に質問してきた。色素が薄い茶色の瞳に見つめられると、高梨は壊れそうなガラスを見せつけられているようで、直視できなかった。
麻里那は、最初は他の研修医より優秀とは思えなかったが、地道な努力が実を結んでいったのか、徐々に頭角を現し、一人前の医師になる頃には、「百年に一人の逸材」と言われるまでになった。
麻里那は、「今の私があるのは隆一さんのおかげです」とよく言っていたが、高梨は、そんな麻里那を育てたという自負と共に、追い抜かれたくないという嫌な競争心も持ったものだ。
「池添さんは、見た目はあんまり徳島におらんようなタイプの美人やけど、高校時代は勉強一筋で、浮いた噂はなかったねえ」
運転手は、城跡の入り口の「鷲の門」の横を通り過ぎる時にぽつんと言った。知っている、と喉までせり出した言葉を高梨は飲み込んだ。
麻里那はハーフと間違われるような白い肌と茶色い瞳だったので、その派手な顔立ちは目立っていたが、酒があまり強くなく、男と飲みに行ったり、合コンに行くような女性ではなかった。そんな彼女を、高梨は騙した。
いや、騙したというより、熱したり冷めたりしながら彼女を手放さなかったのだが、結婚する気は最初から最後までなかった。外面のいい高梨は女性に受けがいい。しかし、高梨は女性に決して心を許さない男だ。いつも新しい女性を探していた。どこかで自分を変えてくれないかと期待し、どこかで女ごときで俺を変えられるかよ、と鼻で嗤わらっていた。
「医術は裏切らない、だが女は裏切る」
仲間内で集まると、高梨は決まってこう言った。それが友人の結婚式でもだ。
高梨は医師として貪欲に経験を積み、国内外の学会に出席し、留学もして、ひたすら医術を極めようとした。患者を救いたいという清廉な思いからではない。ひたすら、自分がどこまでも成長したかったのだ。そうすると、地位も富もおのずと付いて来る。そんな彼にとって、結婚は成長の足枷としか思えなかった。
高梨は、自分に言い寄る女性は全て軽蔑していた。外科医という肩書しか見ていないと思い込んでいたからだ。気に入った女性がいれば、外科医という肩書と結婚をちらつかせる。別れたくなれば、「誰とも結婚する気はない」とさえ言えば、女性は自然に離れていく。
恋愛の主導権は常に高梨が握っており、2か月程度の期間で女性と別れてきた。ただ一人、池添麻里那を除いて。