残念ながら俺は噓つきだよ

「川だらけだ」

高梨は力なく山頂からの景色を見ていた。一級河川である吉野川の分岐が、よく分かる。しかし、眉山をどんなに回っても、麻里那はいなかった。

「そう簡単には会えないか、そうだよな」

高梨は川の流れを見つめながら肩を落としてうなだれ、独りごちた。川は数えきれない分岐をしていて、それぞれが徳島の地を潤しながら、正午の光を集めて走っていた。だが、小さな川たちが東西南北に走っても、それらはやがて一本の吉野川となり、海に注いでいた。

分かれていても、海へ還るという目的のために、いつか一つになる。高梨はそれを見て、麻里那と自分の道がどんなに分岐しても、いつかまた一つになれる気がした。同じ医師という道を進んでいれば、きっとまた道が交わる。そう思うと、死にかけた体に魂が戻る心持がした。

帰りのロープウェイに乗り込んだ時、頂上に昇ってゆくロープウェイとすれ違い、何気なく中を覗いた高梨は目を疑った。そこには、今より痩せている、20代の頃の高梨がいた。向かいには、研修医時代によくしていた髪型であるポニーテールの、あの頃の麻里那が座っている。二人して白衣を着て、笑顔で手を握り合っているではないか。

「いつか、一緒に病院を開院できたら嬉しいですね! 隆一さんならいっぱい患者さんが来ますよ!」

「俺ほどの腕の医者なら、大病院にしないと駄目だな。お前もその頃には俺にちょっとでも追いつくように研鑽を積んでおくんだぞ」

そんな会話がはっきりと聞こえてくる。

「何で俺がいるんだよ……麻里那、おい!」

立ち上がってロープウェイを揺さぶると、高梨の頭に何かが落ちてきた。

「うわっ、何だ!」

高梨が慌てて払いのけている間に、昔の高梨と麻里那の乗ったロープウェイは頂上に着いて見えなくなった。高梨の頭に降ってきたのは、ポロシャツやワイシャツ、靴下だった。全て、この12年の間に麻里那からもらった誕生日とバレンタインのプレゼントだ。

実用性のあるプレゼントを喜ぶ高梨に、毎年麻里那はデパートでブランド物のそれらを買って来てくれた。それが、12年の月日を地層にするかのように、高梨の足元をぎっしりと埋め尽くしていた。

「お前、こんなにたくさん俺に尽くしたのかよ。こんな、指輪一つも捨てるような男に。馬鹿野郎、俺みたいな噓つき野郎に騙されやがって、馬鹿野郎、馬鹿野郎……」

高梨がワイシャツの山をかき抱いて泣き声を押し殺していた時、ロープウェイで唐突に歌が流れ始めた。もんてこい、もんてこいという阿波弁の歌詞が繰り返された。

「戻ってこい」の意味だと教えてくれたのは、麻里那である。外科医もよく使う言葉だ、あの(・・)とき(・・)に、と思った瞬間、ロープウェイの底が抜けた。

ぎゃあ、と叫んだ高梨は、空中で何かを掴んだ。吉野川を目指して落下していくのか、藍染めのような色の空に吸い込まれているのか、上下が分からなくなる中で、その掴んだ小さな物を掌を広げて見てみると、それはペリドットのピンキーリングだった。

「麻里那! お前に謝れないまま死にたくない! 生きて、一目会って、そして……」

そう叫んだ瞬間、目の前が明るくなった。