[序章]ガナノにて、始まり

とめどなく降り続ける雨の中でガナノ=ボトム第三区画が陥落したのは、つい三日前の話だ。勝ち戦と思われていたこの戦闘で人類はまたしても「奴ら」を駆逐することができなかった。

いまだやむ気配のない雨に包まれて、少女は廃墟の街を見上げている。

砕けた雨滴で空は霞む。

フードから覗く(あい)(いろ)の髪は滴を落とし、蒼玉(サファイア)色の瞳には在りし日の街並みが浮かんでいた。

その少女―エリサが最後にこの街を訪れたのは、二年前、英雄オネスの巡幸パレードが催されていた時だった。あの日は誰もが喜びに満ちて歌い、踊り、笑いに溢れ、明日の繁栄を祈っていた。

「これで、九十三体目」

すでに過去のことだ。剣に付着した機械油を振り払い、左腰の(さや)に納めるともう一度、眼下の光景に視線をやる。

降りしきる雨に濡らされながら、敵の(しかばね)が無数に転がっていた。どれも一人の少女、エリサが倒した遺骸(いがい)である。

とはいえ地に伏すのは人の姿に比べると、はなはだ異形だ。斬撃の痕がはしる鋼色の胴体(からだ)。火花と漏電が音を立てて散っている。倒れている者は皆、機械でできていた。雨音が掻き消すことを望むように、エリサは問う。

「もう此処には誰もいないのだろうか」

辺りは水滴の瓦礫を叩く音だけが響いている。機械の死体と崩れた街並みは無言のまま答えない。人の気配は、どこにもない。

「……雨、やまないな」

少女はフードを深くかぶりなおして、ひとりごちる。色あせた革のケープを翻し、エリサは(かそ)けし廃墟へと歩き出した。垂れこめた曇天の下、街はひたすらに冷え続けていた。