「美雪」
どうやら会議は無事に終了したようだった。佐藤チーフが美雪に向かって会議室を指さして見せた。片付けを頼むというサインだ。野球部じゃないんだからさ、と心の中で文句を言った。さっきの柴田の言葉が頭をよぎる。なんだか悔しくなって早足で会議室へ向かった。
製菓メーカーさんとタイアップで販売するお菓子のノベルティグッズの会議だったらしい。カラフルで小さいマスコットが並んでいる。思いのほかかわいらしい。佐藤チーフにこういうセンスがあるのは意外だった。
片付けを終えてデスクに戻ると、パソコンモニターの真ん中に『データ入力、ヘルプたのむ』と書かれた黄色い大きめの付箋が貼ってあり、キーボードの上に会計伝票が置かれていた。これは会計課の木村主任の仕業だ。本人に悪気はないのだろうが、嫌がらせのようだと美雪は思った。
「あ、木村さんがなんかごそごそやってたけど……」
水元さんがブックエンドの陰から顔を出した。
「伝票入力のヘルプだそうです」
美雪は黄色い付箋と伝票の束を水元さんに見せて、ちょっと苦笑いした。
「すぐそこにいるんだから直接言いなよって、私、言ってあげようか?」
水元さんが真顔で言った。
「だ、大丈夫です! でも、ありがとうございます」
美雪は焦って小声で言った。
「遠慮しないでよ? オバサン、ああいうひと怖くないから」
なんだかよくわからない迫力がある。水元さんは美人で、こんなふうに年をとりたいなと思わせてくれるひとだが、時々こういうことを言って美雪を和ませた。庶務というのは、いわゆるなんでも屋のようなものだ。いろいろな仕事に携わることはできるが、専門知識が得られるわけではない。美雪は三十にもなってこれでいいのかと思うことがあった。