「真弓」
津田は三十才。この物流センターに勤務して初めての年末だった。ドライバー歴は八年になるが、ずっと定期便の大型に乗っていたので細かい商品配送は初めてだった。ようやく仕事に慣れてきたところでおこしたミスだった。しかも軽いミスとは言えない。当然、落ち込む。
おまけに動揺しまくっているときに活を入れてくれたのは、よりによって真弓だ。津田は入社以来、真弓のことがちょっと気になっていた。さばさばとして笑うとえくぼができるあのかわいいひとの名前はなんというのだろう。
同僚に聞けば間違いなく冷やかされる。ネームホルダーには「佐々木」としか書かれていない。なんとかして知るすべはないかと、津田は真弓を見かけるたびに目で追った。
その真弓にかっこ悪いところを見られ、迷惑までかけてしまった。まだ声をかけたこともないのに、嫌われたかもしれない。津田はそういう意味でも落ち込んだ。お礼を言おう。津田は、ついこの間ようやく知ることができた「マユミ」という名前を呼んでみたかった。
それは三日前の朝のことだ。津田がドックで商品の積み込み作業をしていると、事務所の古いドアがバタンと音をたてて閉まった。何気なく目をやると、真弓が階段を軽快に降りてきた。
「あー! 真弓ちゃん! ほら、みかん。お昼に食べな」
梱包のパートのおばさんが大きな声で真弓を呼び止めた。
「わあ! 美味しそう、ありがとうございます!」
真弓は小さめのレジバッグ満杯に詰められたみかんを受け取って、にっこりと笑った。
「……『マユミさん』か。『マユミさん』なんだ」
思わぬところで真弓の名前を知ることができた津田は、なんだかうれしくなって、おばさんと立ち話をしている真弓を見つめて、ぽおっとなっていた。
「津田君、なんかいいことあったか?」
不意に先輩ドライバーが津田の脇腹を軽く突いた。
「えっ?……いや、なにもないです!」津田は驚いて、体を少しよじって答えた。
「……だいぶにやけてるけどなぁ」
先輩ドライバーは意味ありげに笑うと、津田の背中をポンとたたいて自分のトラックに乗り込んだ。
津田は自分の頬を両手でパシン!とたたくと、積み込み作業に戻った。