「美雪」
「菅さん。会議室、十時半から五人ね。メーカーさん二人。パワポ使うから」
これは会議室のセッティングを頼むという販促部の佐藤チーフからの指示だ。
「……はい」
いつものことだけどさ、いろいろ省略して指示するのやめてくれよ。美雪は小さくため息をついてから席を立った。小さめの会議室のドアを開けっ放しにして空気を入れ換えながら、コの字型に並べた長机に合わせて椅子を配置。プロジェクターとスクリーン、ペットボトル入りの水を準備して空調を確認。ドアを閉めて「十時三十分、販促」と記入したボードを壁のフックにかける。
「……とはいっても体は動いちゃうのよね」
菅美雪三十才。小さなスーパーマーケットチェーンの本部で庶務を担当している彼女は、彼にふられたばかりだ。否が応でもテンションが下がる。濃いめのコーヒーにミルクを入れてデスクに戻ろうとしたときだった。
「菅さん! ちょっと!」
会議室の入り口から体を半分のぞかせて佐藤チーフが手招きをした。声がちょっと尖っている。なんだか嫌だなと思いながら美雪はチーフに駆け寄った。
「人数六人って言ったよね?」
会議室のドアを開けたままチーフが言った。
「え!?」
美雪はチラリと会議室をのぞいた。六人だ。でもチーフは確かに五人と言った。手のひらをパーの形にして私の顔の前に突き出して見せたじゃないか。
「聞いてません!」
心の中ではキッパリと言えるのだが、お客様の前ではやはりできない。
「……失礼しました。ただ今お水をお持ちします」
美雪は精一杯平静を装って言った。急いで水を休憩室から持ってきて長机に置き、椅子を出して会議室のドアを閉めた。なんだかすごくモヤモヤする。こういうことは初めてではないが、美雪にとって今はタイミングが悪いのだ。思わず手を握りしめる。
「チーフ……。どうしてやろうか……」
とにかくデスクに戻ろうと体をくるりと反転させたときだ。
「背中が怒ってるぞー」
不機嫌な時に追い打ちをかけるような、この聞き覚えのある低い声は柴田だ。
「私、いま機嫌悪いんだけど」
美雪はふり返らずに言って歩き出した。