「佐藤チーフがまた理不尽なことでも言ったんだろ?」
柴田は美雪の隣にスイッと入り込んできて言った。その通りだが返事をしたくない。美雪は口をへの字にして黙っていた。
「ブスになるぞー」
柴田はそう言って美雪を追い抜いて事務室に入っていった。美雪は立ち止まって宙を見た。体の力が抜けていくような気がした。
「大丈夫? 抜け殻みたいだよ?」
派遣社員の水元さんが美雪の顔をのぞき込んだ。水元さんは伝票の整理やデータの入力を主にやってくれている。年齢は上だが美雪と同じ年頃の姪っ子がいるからか話が合った。
「ああ、はい。すみません」
美雪は力なく言って、会議室での顛末を水元さんに話した。
「あー、あのひとねえ。時々あるよね」
水元さんが渋い顔をした。何か覚えがあるらしい。被害者がここにもいた。
「それはそうと、柴田君と美雪ちゃんは昔からの友達なの?」
水元さんが領収証の束をめくりながら言った。
「同期入社なんですよ。入社当時からなつっこくて、今じゃ鬱陶しいです」
柴田は同期で同い年だ。階下のフロアの店舗システム管理の所属だ。おおかた出張費の精算にでも来たのだろう。やりとりが幼馴染みみたいでいいじゃないのと水元さんは笑うけれど、あのタイムリーなつっこみが腹立たしい。美雪はすっかり冷めたコーヒーを一口飲んで顔をしかめた。カップを置いて顔を上げると、パソコンモニターの上に柴田の顔があった。
「うわっ! なに?」
「お前さ、言っていいことも言わないから愚痴っぽくなるんじゃねえの?」
またもタイムリーに図星を突く。
「……お前って言わないで! 菅です!」
返す言葉がこれしかなかった。水元さんが声を殺して笑っている。ちっとも面白くなんかないのにと美雪は思った。